青銅器時代の紀元前1700年頃、まだα、β、γといった文字が登場する前のクレタ文明やミケーネ文明の時代には、線文字A、線文字Bと呼ばれる文字が使われていていました。エーゲ海に浮かぶクレタ島を中心に海上貿易で栄えたクレタ文明が、なぜ滅びたのか。それにはテラ島(現在のサントリーニ島)の大爆発という自然災害説、クレタ人の反乱説、ギリシア人による略奪説…といったさまざまな説があるものの、その理由はいまだ確証されてはいません。このような説を踏まえたうえで、ミケーネ文明からもたらされたとされる線文字Bがクレタ島にも存在していることから、クレタ文明にミケーネ文明がどのように関わり、その文明を誰が崩壊に至らしめたのか、そしてなぜギリシア人はクレタ島を去ったのかといった新たな仮説を立てたとしても、それが文字で残された史料を用いて真実であると立証することは難しいことです。ギリシア史には今なお、解き明かされていない史実が多く存在します。歴史を学ぶ醍醐味とは、このように文字で残された史料から考えることにもあるのです。

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高畠 純夫教授文学部 史学科

  • 専門:古代ギリシア史、西洋史

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