理工学部建築学科と大学院理工学研究科建築学専攻は、埼玉県毛呂山町と相互連携のもとで、地域の活性化を図るため、授業の一環としてまちづくりプロジェクトを実施しています。県内でもっとも空き家率が高い毛呂山町で、どうしたら持続可能なまちづくりができるのか。4年生を対象とする「総合設計演習」と大学院生を対象とする「特別設計演習Ⅰ」の授業で、学生たちが町と連携しながら進めてきたプロジェクトの最終成果発表として、2017年7月下旬に「毛呂山版 空き家『提案』バンク展」が開催されました。

空き家の利活用と町の活性化を考える

建築学科では地域に根差した実践的な教育を特色としています。毛呂山町と連携したまちづくりプロジェクトは、2016年度にも授業・演習・ゼミの一環として行われましたが、今年度は毛呂山町との相互協力・連携の協定を結んだことにより、さらに一歩進んだプロジェクトとして、より具体的な建築の改修を含む「郊外住宅地の持続的更新型まちづくり提案」に取り組んできました。
現在、日本社会は、人口減少と高齢化、経済縮小という深刻な課題に直面しています。郊外や地方では人口減少に伴い、空き家が増えていますが、最近ではそれらを利活用することで、地域の活性化につなげ、雇用を増やして、流出した人口を呼び戻し、経済循環をよくしていこうという動きが見られます。
毛呂山町は埼玉県内でもっとも空き家率が高いとされる地域です。建築学科では、学生たちが実際に町を訪れて、教室では学ぶことのできない、“リアル”な町の実態を知り、どうしたら地域に活気を取り戻すことができるのかを考える機会として、このプロジェクトに取り組んでいます。

3カ月間に及ぶプロジェクト

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今年度のプロジェクトでは、毛呂山町の武州長瀬駅前第一団地の旧十一屋ストアーと空き家2軒を対象とし、リノベーション計画を提案しました。学生たちは4月にまず課題の進め方についてレクチャーを受けた後、学内で実測の練習を行いました。その後、毛呂山町を訪れて実測調査を行い、6つのグループに分かれて、図面を起こし、リノベーション計画を検討していきました。
6月には、空き家リノベーションの専門家を招いてレクチャーを受け、各グループが中間発表を行い、毛呂山町の町長や町役場のまちづくり整備課担当者、地域の企業などから講評やアドバイスも受けています。その後、学生たちは町の関係者から得た意見を参考に、自分たちが提案する計画をより具体的なものへと練り上げていきました。
そして、7月下旬のこの日、最終成果物の発表の場となるパブリックミーティングが開かれました。会場となった旧十一屋ストアーには、毛呂山町の副町長や町議会議長、観光協会関係者、地元企業などが集まりました。

空き家のリノベーション提案が見える

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冒頭で伊藤暁准教授は、「このプロジェクトは、大学の授業の一環として実施されるものであり、毛呂山町や埼玉県が行う実際の事業とは異なります」と前置きしたうえで、「アイデアを提案すると必ずと言って、『誰がやるのか』という質問が出ますが、この場では『どのように実現するのか』『どうしたらうまくいくのか』ということを、みなさんと一緒に考えていけたらと思います」と述べました。

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また、野沢千絵教授からは「最近、空き家の賃貸や売却を希望する所有者から提供された情報を集約し、空き家の利活用の希望者に紹介する「空き家バンク」という制度が広がっています。しかし、それらは空き家の不動産情報が掲載されているのみで、『どのような利活用が可能か』、『リノベーションによりどのように生まれ変わるのか』、『費用はどのくらいかかるのか』といったことは想像しづらいのが問題点とされます」と現状が紹介されました。そして、「毛呂山版 空き家『提案』バンク展〜まちの持続的更新を目指して」と題した趣旨について、「今回は、①町の持続的更新をめざした空き家のリノベーション計画の提案、②空き家『提案』バンクというしくみの提案を行います」と述べ、学生たちが提案するリノベーション物件を紹介する、「空き家『提案』バンクの仮想ホームページ」を作成することに加え、空き家のテナントリーシング(誘致)とマッチングを行う仮想の「NPO法人毛呂山ランドバンク会社」の設立について説明がありました。

町の実情に見合う実現可能な提案

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この日は、6グループのうち3グループが計画を発表しました。1つ目のグループは「医療×ファブラボ 起業支援するまち毛呂山」と題した提案でした。まず、毛呂山町には医療系の大学が多くあること、医療系の大学では3Dプリントされた臓器立体モデルを手術支援やがん治療の研究に役立てていること、近年は3Dプリンタやレーザーカッターなどの最新設備を備えたファブラボという施設の需要が高まっていることを紹介。そのうえで、医療系に特化したファブラボを毛呂山町に開設することを提案しました。旧十一屋ストアーを住民開放型のファブラボとして開設し、2軒の空き家を住居兼オフィスとして利用し、医療製品のデータ作成をする場にすることで、雇用も生まれ、住民同士の交流も生まれるという計画です。提案を聞いた副町長は「人口減少が課題となっている毛呂山町においては、働く場と住む場を提供できるということは、町の実情にかなった提案です」と喜んでいました。
2つ目のグループの提案は、「関東エッジネットワーク」です。自転車による関東平野のエッジをめぐるツーリズムを提案しました。自転車人口が増加している現状を毛呂山町の活性化に結び付け、旧十一屋ストアーを、自転車で町を訪れる人たちが滞在し、町の人との交流を深めるゲストハウスとするほか、空き家をレストランや入浴施設として活用する計画です。この計画について副町長は「毛呂山町には観光地がありながらも駐車場が不足しているため、自転車で巡るというアイデアが良いと思います。観光的な視点から、町としても考えてみたいですね」と述べました。
3つ目のグループは「MLCリノベーション 空き家改修の拠点」と題した提案をしました。旧十一屋をオフィス兼作業場のMLCリノベステーションとし、空き家2軒を賃貸住宅とする計画です。MICリノベステーションは、町でリノベーションを考える人たちをつなぎ、木工・金工・塗装などの加工ができる拠点となり、実際にどのようなリノベーションを行うのかをイメージできる発信の場となることを想定しています。リノベーションされた賃貸住宅は、現状の柱や壁などを残して予算を抑えた住宅と、軸組から設計した大胆な改修を施す住宅となります。観光協会会長は「住んでみたいと思えるセンスの良い提案で、わくわくしました」と笑みを浮かべました。
すべての発表が終わり、副町長は「今回の提案はどれも町の実情を理解したものであり、空き家が持つ価値、リノベーションにかかる費用を“見える化”することが素晴らしかったと思います」と述べました。また、町議会議長は「すべて実用性のある提案でした。今後は地元企業の方々にもご参加いただきながら、空き家対策を進めていきたいと思います」と意欲的なコメントを寄せました。
最後に総括として、野沢教授が「空き家は負債ではなく、資産として利活用していくことができます。そのことを提案したいとの思いで、教員と学生が一体となって取り組んできました。空き家『提案』バンクが、今後、全国で初めて毛呂山町で誕生することに期待しています」と呼び掛け、パブリックミーティングは終了しました。

社会の課題とニーズを見抜く視点を

新井悠介さんは、提案にあたり「視野を広く持つこと、わくわくする提案にすること」と大切にしたと言います。今後、社会に出てからも今回の取り組みで身につけた、「他人の意見に耳を傾けることや自分の意見を客観的に見ること」を生かしていきたいと考えているそうです。
「毛呂山で生活してきた人たちに受け入れていただけるよう、どのような空間がほしいのかといったことを常に考えながら設計を進めてきた」と話す嶋田葵さんは、毛呂山町の現状、潜在能力、持続的更新をしていくためにどうしたらよいのか、メンバーで手分けしながら調査し、議論を重ねて、ファブラボの提案をしました。「今後もさまざまな人の立場で考えられるよう、広い視野を持って物事を捉えていきたいです」と述べました。

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今回のプロジェクトで学生たちは、実際に町に住み、働く人たちにどのような場が求められているのかを考え、町の実情や魅力などを理解したうえで、実現し持続していくことが可能な計画として提案しました。「町の人口減少という課題を解決するゴールは誰にも見えていません。だからこそ、私たち教員も学生たちと本気で考え、議論を重ね、ゆっくりと歩みながら、今日の日を迎えました。しかし、これも通過点であり、これからまた歩み続けていくことになります」と話す伊藤准教授。「学生たちにとっては、社会とつながりながら、自分で考え、試行錯誤しながら進んでいく貴重な学びの機会になったでしょう。社会の課題を理解し、何が求められているのかを見抜いていく視点を身につけてほしいと思います」と期待を寄せました。

  • 掲載内容は、取材当時のものです