日本の古典芸能の研究家である原田香織教授。イブニングコースの授業には、現役だけでなく幅広い世代の学生が集う。「退職後に再び大学生を始める方もいて、違う世代が出会うことによって、学びのモチベーションが高まります」。そんなアカデミックな空間で、情緒あふれる古典の世界を学びながら、現代を生き抜く知性を養うのが原田教授のめざす「学問の世界」である。

世界に影響を与えた世阿弥の思想

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「初心忘るべからず」。よく知られた故事成語ですが、この言葉を世に広めたのが南北朝時代のカリスマ、世阿弥でした。彼が著した『風姿花伝』や『花鏡』には、このような現代にも通じる教えがたくさん書き残されています。

世阿弥というと「能・狂言」を大成した芸術家として知られていますが、それと同時に大変な思想家でもありました。

能の装束や能面、舞いはもちろん美しいものです。しかし、もし能が見た目に華やかなだけの芸術であったら、長い歴史の波に洗われて風化してしまっていたでしょう。明治以後、世阿弥の「能楽論書」は世界各国で翻訳されています。例えばフランスのアーティストや芸術の研究家にファンが多くいます。それというのも、能という芸術の根底にある世阿弥の思想や精神論が優れているからです。

2013年は世阿弥の生誕650年の記念の年に当たります。さまざまなイベントが催されています。東洋大学でも秋に毎年新入生教育プログラム「能楽鑑賞会」のほか、今年は井上円了ホールで「入門世阿弥と能の世界」の展示をおこないますので、興味のある方はぜひいらして下さい。650年もの長い年月にわたって受け継がれてきた言葉の一つひとつに、きっと「学問の力」を感じていただけると思います。

日本の美と知を凝縮した能・狂言

芸術家であり、思想家であり、さらにクリエイターでもあった世阿弥がめざしたのは、日本人が古来から紡いだ「知恵と美を立体的に表現すること」でした。「能・狂言」には、『源氏物語』をはじめとする古典文学や『古今和歌集』などの和歌、さらに故事成語や仏教思想までが盛り込まれています。

つまり「能・狂言」を鑑賞したり、その台本である「謡曲」を読み解いたりすることで、古典文学の特に洗練されたものを、幅広く総合的に学べるのです。

古典は実はとてもシンプルな世界観です。そこには情緒に満ちた美しい風景とともに、思いやりや情け、繊細な情愛、礼儀正しさといった日本人本来の生きる姿が描かれています。最近は古いものを顧みなくなっている傾向がありますが、実は古典の中にこそ複雑すぎる現代社会を生き抜くヒントがあると思います。

今なお色あせない「古典の知」

卒業生たちは実にさまざまな道に巣立っていきます。国語教員や図書館司書を志望する学生が多いですが、なかには日本文学文化学科とは直接的にはつながらない職業分野を選ぶ人もいます。しかし古典文学や芸能、日本文化の学びを通して育んだ豊かな人間性と教養は、どの道に進んでも必ず役立つ一生の財産となります。

学祖井上円了先生のお言葉どおり、学問というのは、実社会の役に立たなければいけません。学生のみなさんには大学での学びを教養で終わらせず、知性としてさまざまな場面で応用してもらいたいと思っています。

「秘すれば花なり」。これも世阿弥が残した言葉で、当時の戦国武将たちの戦術に通じるものです。今も昔も時代のトップを走る人は、相手に打ち勝つ「秘策」を大事にしており現代のビジネスパーソンにも、これを実践している人は多くおります。

形あるモノはいつか古くなりますが、学びや教えは決して色あせることはありません。ちょうど世阿弥の言葉が、650年経ってなお人々の心に響くように。日本文学文化学科で古典の知を共に学んでいきましょう。

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原田香織教授イブニングコース 文学部 日本文学文化学科

  • 専門:中世文学(能楽分野の研究)

  • 掲載内容は、取材当時のものです