月別アーカイブ: 2015年8月

食環境科学部食環境科学科の金子沙妃さんは、大学のイベント実行委員として活躍する一方、サークルの代表としてメンバーが楽しく参加できるよう汗を流し、知恵を絞る立場です。予定が詰まった毎日ですが、やはり生活の中心は学業。大学院進学を検討するほど、日々本気で取り組んでいます。

就職か大学院進学か、現在思案中

実家も群馬県ですが、通学するには遠すぎるので大学の近くで暮らしています。田舎の雰囲気には地元で慣れていましたが、それでも板倉キャンパスに初めて来た時は「ここは相当な田舎だ」と思いました(笑)。ここまでキャンパスの周りに何もないところだとは思っていなかったので、入学直後は、イメージしていた大学生活とはちょっとギャップがありました。

学ぶことについても、想像していたことと違っていました。食品のことを学びたいという漠然とした気持ちで入学したら、勉強が驚くほど大変で…。ここまで勉強漬けの日々になるとは思ってもいませんでしたから、最初は「大変なことになった」と慌てたものです。今では、3年生になってもまだ毎日授業があることも、当然のように受け入れていますが…。すっかり板倉キャンパスになじんでいるものの、今でも学食だけは白山キャンパスがうらやましいかぎりです(笑)。

最近興味深かった授業は「調理科学実習」です。どの着色料を使うとどのような色が付くのか、どの薬品を使うと牛肉の色が落ちないのかなどを、実際に試してみる実習です。当初は、料理ができる調理実習ではないことが残念だったのですが、実際に実習を受けてみたら、むしろ夢中になるほどの面白さでした。

将来は食品開発の仕事に就きたいという思いがあるのですが、研究職は大学院卒でなければ採用されません。そのため、大学院への進学も選択肢の1つではありますが、これ以上両親に甘えていいのかという迷いもあります。今のところは進学を視野に入れつつ、就職活動も並行して進めようと考えているところです。

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積極的に参加してきた課外活動

日々勉強に追われているものの、大学での課外活動には1年生の時から積極的に参加してきました。現在はスポーツ大会やイルミネーション点灯式、学園祭などの実行委員をしているほか、さまざまな球技を楽しむサークルとテニスサークルにも入っています。ただ、今は球技サークルの代表を務めているので忙しく、さらに実験やアルバイトもあるので、テニスサークルにはほとんど参加できなくなってしまいました。

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サークルの代表は、11月の学園祭で新しい代表を指名して交代します。ただのメンバーだった時は楽しく参加しているだけでしたが、今はやはり違います。また、私たちの学年は「楽しければいいよね」という姿勢で活動してきましたが、後輩たちはもっとしっかり活動したいという意欲があるので、プレッシャーも感じます。しかも、大所帯のサークルは苦手だったはずなのに、気がつけば100名以上の団体に。しかし、卒業してから「大変だったけれど、やってきてよかった」と思えるよう、代表が交代する学園祭まで走り抜けたいと思っています。

金子 沙妃さん食環境科学部 食環境科学科 3年

  • 群馬県立尾瀬高等学校出身

幼い頃からさまざまなスポーツに親しんできた、食環境科学部食環境科学科の塚田光祐さんにとって、スポーツは常に身近な存在でした。そのスポーツに、現在は「食」の分野からもアプローチ。アスリートと食の関係性について知識を深める中で、卒業後はどんな仕事に就きたいのかも次第に見えてきました。

スポーツなしの生活は考えられない

スポーツはプレーするのも観戦するのも好きです。幼い頃からジャンルを問わず、常に何らかのスポーツをしてきたので、大学に入ってから始めたアルバイトも、スポーツに何らかの形で関わりたいと考え、スポーツクラブのインストラクターを選びました。アルバイトが終わった後はプールを使わせてもらえるので、午前中の授業がない日はアルバイトをしてひと泳ぎしてから大学に来ています。

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ほかにも、バレーボールのサークル練習が週2回、いろいろな球技を楽しむサークルが週1回、そして週末は社会人のクラブチームに参加させてもらい、ラグビーをしています。スポーツ三昧の生活ですね。スポーツは何でも好きですが、中学ではバレー部、高校ではラグビー部でしたから、これら2つのスポーツに対してはとりわけ強い思い入れがあります。ラグビーではフランカーというフォワードのポジションだったので、体を大きくするために必死に食べました。それしか体を大きくする方法がわからなかったのです。しかし、運動量も相当なものだったので、食べてもどんどん消費されてしまい、体を作る難しさを痛感しました。その経験もあって、スポーツと食の関係に興味を持ち、この学科を選んだのです。

知らないことを学べる面白さを実感

私は高校で文系だったため、大学に入ってから化学には苦労していますが、それ以上に知らないことを学べる面白さを毎日実感しています。一番好きな授業は、運動を多面的に学ぶことができる「運動生理学」です。この授業では、日頃から運動との関わりが深い私自身にも生かせる知識が得られます。

また、大学では、サプリメントの摂り方を初めて学ぶことができました。体を大きくしなければと必死だった高校生当時の自分が、このサプリメントの知識を持っていたらどんなに良かっただろうと思うほどです。バランスのよい食事に加え、そこにサプリメントも上手に取り入れるとさらに大きな効果が得られることを、スポーツに関わる一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

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将来はまだ漠然としてはいるものの、「サプリメント後進国」と言われている日本にもっとサプリメント文化が普及し、有効に活用してもらえるような仕事ができればと思うようになりました。また、2019年に開催されるラグビーワールドカップにも、大学で学んだことを生かして、何らかの形で関われたら、と考えています。

塚田 光祐さん食環境科学部 食環境科学科 2年

  • 新潟県立巻高等学校出身

「メディア・リテラシー」とは、メディアが伝える情報、価値観、主張などを主体的、客観的に読み解く能力のことです。
現在の日中関係における問題は、日本人と中国人がお互いに不信感を持っていることにあります。中国人の、日本に対する批判的な態度は「事件型」で、事件が起きると1~2年は反日感情が高まるのですが、それを過ぎると改善されます。一方、日本人の、中国に対する批判的な態度は「平常型」で、日本のメディアの報道フレームの変化によってもたらされた嫌中感です。2000年代以降は国益フレームと言われており、ほとんどのメディアが国益フレームで報道しています。そうすると報道が一方的なものになりますから、公平中立とは言えません。これは日本に限らず、中国を含むほとんどの国の外国報道に見られる問題です。ですから外国報道については、自国のメディアだけでなく別の国の視点から見ることも必要です。そして何よりも重要なのは、自分自身の目で確認することです。
大学でメディア・リテラシーを学び、みなさんが将来メディアに携わる仕事に就いた際には、外国について、できるだけ多方面から報道する心を持ってください。

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王 雪萍准教授社会学部 メディアコミュニケーション学科

  • 専門:国際関係史、戦後日中関係

食環境科学部健康栄養学科の戸ヶ崎秀代さんは「管理栄養士」という職業を知った時、将来の目標が一変しました。「板倉キャンパスの周囲にお店が何もない環境は自宅周辺と似たようなもの」と感じながら、管理栄養士になるという目標に向かって日々学んでいます。そして、実際に食を通じて人の健康を支える立場になった時、どのような人を対象に仕事がしたいのかということも考える時期に来ています。

大量調理実習は健康栄養学科ならではの経験

3年生になってから専門科目の授業が増え、ますます学ぶことが面白くなってきました。2年生までの調理実習は、家庭で料理をするような分量でしたが、3年生では、巨大な鍋やちりとりのようなサイズのレードルを使い、何キロもの大量の食材を扱う実習に。また、2年生までは、基礎知識をインプットすることが学びの中心でしたが、今は実験などを通じて、各栄養素がもたらす影響を具体的に理解できるようになり、学びの内容に奥行きが出てきたと感じます。糖尿病患者のためのメニューを作り、学生同士で評価し合う実習を行っている時は、「将来は管理栄養士としてメニューの作成をするのだ」という実感もふつふつとわいてきます。

3年生になると授業数が減って、大学に通わない日が増えると思っていたのですが、月曜から水曜は授業、木曜と金曜は実験で、5限まである日も。しかし、学ぶことが楽しいので、それは全く苦になりません。

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板倉キャンパスの広がりのある景色が心地よい

群馬県内に自宅があり、板倉キャンパスへのアクセスが良いため、入学前は、オープンキャンパスにも何度も足を運ぶことができました。そのため、板倉キャンパスののどかな環境も理解したうえで入学を決めました。自宅から車でも電車でもアクセスが可能で、管理栄養士になるための専門性の高い勉強ができる、開放感のある広々とした板倉キャンパスに、愛着を感じています。

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将来の目標が社会科教師から管理栄養士へ

今は管理栄養士を目指して日々勉強中ですが、高校生の頃まではずっと社会科の先生になりたいと思っていました。転機は高校2年生の時です。大学の教授が高校にやってきて、それぞれの学部でどんなことを学ぶかを説明してくださいました。その時「栄養の話を聞きに行く」という友人に何気なく付き添って行ったところ、管理栄養士という職業の話に一気に引き込まれたのです。そこで迷わず進路を変更しました。当時の担任の先生からは「今から理系に変更するのは無謀だ」と反対されましたが、一度決心した気持ちは揺るぎませんでした。高校3年生で新たに担任になった先生は応援してくださったので、必死に勉強しました。その結果、こうして管理栄養士へと続く道を一歩ずつ歩むことができているのです。

実際に勉強してみると、管理栄養士と一口に言っても、その先にさらなる選択肢があることを知りました。自分が管理栄養士としてどんな場所で活躍したいのか、これから始まる病院実習やインターンシップで見極めていきたいと思っています。

戸ヶ崎 秀代さん食環境科学部 健康栄養学科 3年

  • 群馬県立太田東高等学校出身

タイムを縮めるためには太ってはいけない。しかし、体を動かせばお腹が空くし、まだまだ食べ盛りの高校生――。陸上部の長距離選手だった、食環境科学部健康栄養学科の矢野浩幸さんは、運動だけで体重管理をする難しさを痛感し、「食」に興味を持つようになったといいます。そして、管理栄養士を目指すべく入学した先には、ボランティアという新しい世界も開けていました。

体重管理の難しさを体感、「食」への興味を抱く

高校時代は、陸上部の長距離選手でした。いい記録を出すためには体重管理も大事でしたが、顧問の先生からの食事指導は「おやつは食べるな」程度。しかし、どうしても練習量だけでは体重を管理することができません。女子部員が減量に失敗して、記録を出せない状況も実際に見てきました。それが「食」に興味を持つきっかけとなり、管理栄養士になって選手に栄養指導をしたいと考えるようになったのです。

大学では授業が毎日あるので、生活はおのずと規則正しくなります。自宅を出る3時間前に起床するようにしているのですが、これは朝に掃除や洗濯といった家事をしているから。大学に入学して初めてのひとり暮らしで、最初はそうした家事にどれくらいの時間がかかるのか見当もつきませんでした。そこで「3時間あれば大丈夫だろう」という感じで起きるようになり、それがそのまま習慣になっています。4限が終わった後は、19時まで図書館でレポート作成に取り組んでから帰宅。それでも終わらなかった場合は、帰宅してからも続きを書いています。

私は人混みが苦手なので、板倉キャンパスのサイズも学生数もちょうどよく、落ち着けます。特に図書館はお気に入りで、かなり活用しています。レポートを書くために情報収集をする時、インターネットは正しい情報と誤った情報が混在していて混乱するし、出典がわからず、参考文献として記載できないものも多いので、教授からも「あまり頼りすぎないように」と言われています。その点、書籍の情報は出典も明確で安心して引用することができます。普段は勉強に関する本ばかり読んでいますが、長期の休みの時は好きな本を借りて読書を楽しんでいます。

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ボランティアのきっかけは「ありがとう」と言われたこと

大学でどのようなサークルに参加するかは、特に決めていなかったのですが、1年生の時に、学業以外で力を注ぐことができる活動が見つかりました。それがボランティアです。東日本大震災が起きた時、私は中学3年生でした。自分も役に立ちたいという思いはあったものの、実家の愛媛から被災地へ行くことはかないませんでした。そこで、大学1年生の夏、東北復興支援ボランティアを募集していることを大学の掲示板で知り、「今なら参加できる」と宮城県の気仙沼市に行ってきました。

現地では保育所で子どもの相手をしたり、草刈りをしたり、海岸の清掃をしたり、障害者の就労施設を手伝ったりもしました。ボランティアは生まれて初めての経験でしたが、保育所で子どもたちに満面の笑みで「ありがとう」と言われときは、胸が熱くなりました。「自分にもできることがある、自分のしたことでこんなに喜んでもらえる」と、気づくことができたのです。その出来事がきっかけとなり、大学の学生ボランティアセンターにも入りました。これが私にとってのサークル活動です。最近では文京区のお祭りでフェアトレード商品を売るボランティア、板倉町の「わたらせ検定」の運営ボランティア、冬には新潟県山古志村の火祭りも手伝いました。これからも時間の許す限り、ボランティアを続けていきたいと思っています。

大学では勉強にボランティアに、そしてボランティアのない週末はアルバイトにと、毎日やるべきことがたくさんあって、退屈だと思うことがありません。それこそが「充実している」ということなのかもしれない、と感じて、大学生活を過ごしています。

矢野 浩幸さん食環境科学部 健康栄養学科 2年

  • 所属ゼミナール:調理学研究室
  • 愛媛県立八幡浜高等学校出身

砂漠や熱帯雨林、深海といった、地球の平均的環境とは大きく異なる極限環境でも生育できる微生物は、極限環境に耐える独特な酵素を持っています。その酵素はさまざまな産業に使用されています。たとえば、好アルカリ菌のセルラーゼという酵素は、洗剤に入れることで汚れ落ちがよくなり、洗剤の小型化につながりました。
道久先生の研究室では、臨床検査への酵素の応用を研究しています。日本人の死因の1/3は、動脈硬化が原因で起こる血管の病気ですが、その原因の1つであるコレステロール値を図るには、コレステロールオキシダーゼという酵素が使われます。水に溶けにくいコレステロールを溶解するために使われる有機溶媒や界面活性剤に、耐性のあるコレステロールオキシダーゼが望まれています。研究室で有機溶媒耐性の微生物の酵素を調べた結果、これまで報告がなかった新しい酵素を発見しました。
このように、極限環境微生物の酵素を探索すると、新たな有用酵素の発見が期待できます。極限環境微生物の酵素は産業面での応用だけでなく、生命の多様性、生命の限界、生命の起源を探る上でも重要な研究材料になっているのです。

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道久 則之教授生命科学部 応用生物科学科 応用生体触媒研究室

  • 専門:有機溶媒耐性微生物や有用酵素に関する研究

授業ではイギリスの詩人、シェイマス・ヒーニーの「ブロッホ(Broagh)」を読みます。
タイトルのブロッホとは北アイルランドの地名で、ヒーニーが暮らしていたところです。詩は、土地の名前が土地と一体となっており、自然と言葉を一体化していく様子が読み取れます。ブロッホのghという発音を意識した単語も頻繁に使われていて、詩全体がブロッホの雨の響きを伝えています。
一方、よそ者という言葉も出てきます。北アイルランドとイギリスの間にはカソリックとプロテスタントという宗派争いがあり、北アイルランド紛争をも引き起こしました。ヒーニーはアイルランド人なので、ではよそ者とはプロテスタントなのかというと、そうではありません。ヒーニーは「ghの発音ができないのはイングリッシュ」と言っています。つまりヒーニーはこの詩で、さまざまな背景を持つ人が一緒になってその土地を作り上げているのだというコミュニティ意識を伝えているのです。言葉、文化、歴史、個人といういろいろなレベルで詩と社会がせめぎあっている、「ブロッホ」はそういう詩であると言えるでしょう。

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佐藤 泰人准教授文学部 英米文学科

  • 専門:イギリス文学、アイルランド文学

「知識」と「現実感」、この2つは簡単に折り合わないことがあります。たとえば私たちは朝日を見て「太陽が昇る」ととらえます。これが「現実感」です。しかし実際に回転しているのは地球のほうです。これが地動説に基づく「知識」です。
しかし、宇宙は現在も膨張し続けているので、止まっているものは太陽も含め何ひとつないということになり、「地球と太陽どちらが動いているか」という問いそのものが成立しなくなります。つまり、地球を視点にすることと太陽を視点にすることは、どちらも成立するし、対等なのです。
太陽の位置からほかの星の動きを見たことがある人間はいないにもかかわらず、地動説は理論として理解している。ということは、この地球上で五感を使って「経験」していることはきわめて重要で、決して手放してはいけないことなのです。「知識」はいつも自分の経験の方に落とすようにして練り上げていかなければなりません。今日お話したことは、どこにも書かれていない、授業でしか聞けないことです。

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河本 英夫教授文学部 哲学科

  • 専門:科学社会学・科学技術史、基礎生命学/生物多様性・分類、内科系臨床医学/精神神経科学

自分の生活を計画した通りに進める行動力と忍耐力を持つ、生命科学部生命科学科の天野善継さんにとって、「学ぶために大学に来た」という思いは気負いのない本心です。学びたいことを学べる環境にいるのだから、とことん学ぶ。そのシンプルな姿勢は、ほかの学生が見習うべき点も多いことでしょう。

iPS細胞を学びたくて生命科学科へ

板倉キャンパスでの学生生活はいたってシンプルです。最寄り駅から大学直行のバスに乗り、4限まで終えたら19時まで図書館でレポートを書いて20時に帰宅。夕食後に途中まで書いたレポートの続きを終えてから、午前0時から1時頃に就寝と、平日はこの繰り返しです。1~2年生の頃は一般教養の科目が多かったので、レポートに追われることもなく、平日でも友達と遊んだり食事をしたりすることがありました。しかし、3年生になって専門科目の授業とともに実験が始まると、そんな余裕は全くなくなりました。アルバイトも週末のみ、しかもアルバイトを終えて帰宅してからも勉強する時間が確保できるような、閉店時間の早い店を探しました。「アルバイトが忙しくて勉強する暇がない」など、本末転倒ですから。

今学んでいるのは、遺伝子や細胞についてです。高校生の頃から、細胞が変化することに無限の可能性を感じ、大学ではiPS細胞を勉強したいと思っていました。研究室もその方向で選ぶつもりでいましたが、大学に入ってから新たに学んだ糖鎖科学にも興味がわき、どちらを自分の専門分野として研究するか、選択を思い悩んでいるところです。

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大学で学べるという恩恵を享受しないのはもったいない

こうして勉強漬けの毎日ですが、大学では勉強を存分にしたいと思っていたので、むしろこの生活に満足しています。しかし、入学するまで板倉キャンパスを訪れたことがなく、勝手に白山キャンパスのようなところをイメージしていたため、最初は周辺にあまりに何もない環境に驚きました(笑)。しかし、最初の衝撃を通り越してからは、勉強するためにここに来たのだし、もともと少人数のこぢんまりしたキャンパスが好みだったので、結果的にはこの環境にすぐなじむことができました。初めてのひとり暮らしも、自分で立てた予定や計画を人に邪魔されることなく実行できるという点が気に入っています。

キャンパスが田舎にあること以外に驚いたのは、学生がまじめで、多くの学生が1年生の頃からよく勉強するということです。

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卒業後は、大学院に進んでさらに研究を重ね、いずれは製薬会社で研究職に就きたいと考えています。製薬の分野から医療に貢献することが私の夢です。

天野 善継さん生命科学部 生命科学科 3年

  • 静岡県立島田高等学校出身

高校時代は受験のための勉強に追われる日々だったという、生命科学部生命科学科の藤崎萌夏さんにとって、大学生活は、学びたいと思うことを存分に学べる喜びに満ちていました。絶え間なくわき上がる向学心は、長期留学や大学院進学など、さらなる目標を目指すエネルギー源となっています。大好きな植物と触れ合える板倉キャンパスの環境も、お気に入りだそうです。

学びたい分野が一緒の人と学べるのがうれしい

板倉キャンパスで「うれしい誤算」だったのは、図書館がとても充実していることです。ここまで理系の資料が充実した図書館があるとは全く知らなかったので、初めて足を運んだ時は感激しました。今もほぼ毎日、授業の後は図書館に通い、レポートを書いたり調べものをしたり、余裕がある時は読書を楽しんでから帰宅しています。

入学して間もない頃は、初めてのひとり暮らしで不安も多く、親しい友人もいなくて寂しい思いもしました。しかし、実家のある東京では見かけない植物を発見したり、「夏は雷、冬はからっ風」という群馬らしい気候を体感したりしているうちに、次第に板倉キャンパスでの生活を楽しめるようになっていきました。もともと植物が大好きなので、田畑の広がるのどかな環境になじみやすかったというのもあると思います。

友人もたくさんできた今では、板倉キャンパスの環境も含めて毎日を楽しめています。大学は各地からさまざまな背景をもつ人が集まってくるのが新鮮ですね。高校までには出会ったことのない個性を持っている人や、独特の感性を持っている人もいます。それでも同じ分野を学びたいという共通点があって、同じ場所に集まり一緒に学んでいるということが、何だかうれしく感じます。

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大学卒業後は大学院で植物の研究をしたい

生命科学科は、生物だけでなく科学の側面からも学ぶことができる学科です。2年生になった今は、広い範囲での基礎知識を身につけている段階にあります。3年生になったら、一番学びたい園芸や植物の研究室に入室したいと考えていますが、だからといって、今からそれだけには絞りたくないので、いろいろなことを貪欲に学んでいます。そもそも、脳も細胞も植物もすべて根底は「生物」という共通点があるので、どの授業も興味深い内容ばかりです。

「考える」という学びのスタイルは、高校の勉強ではなかったものでした。高校の時は受験のための勉強ばかりしていたので、今は知識を得るための勉強ができて楽しいですし、自由に学問できることを実感しています。大学は、ようやく自分が学びたいと思うことを専門的に、集中的に学べるところ。それは私にとって大きな喜びです。1年生の春休みに板倉キャンパスの留学プログラムを利用して、カナダに1カ月間留学したのも大きな経験になりました。もともと英語に苦手意識があったので、それを克服するために参加したのですが、留学したことでさらに英語を学びたくなりました。また、海外の大学では生物化学分野をどのように学ぶのかも知りたいので、機会があれば、また留学したいと思います。

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今年の春に、カナダ留学で一緒だった1つ年上の先輩と一緒に、アカペラサークルを結成しました。私は歌うことが好きで、小学生の頃から合唱団に入っていたのですが、大学に入ったら合唱以外の違うことをやってみたいと思っていたものの、結局一番好きなことに戻ってきてしまいました(笑)。現在メンバーは17人ほどで、1年生も入ってきてくれました。

大学卒業後は大学院に進み、植物を専門的に研究していきたいと考えています。今はそのための土台作りをしているところ。土台がしっかり固まっていなければ、その上に経験を積み上げていくことはできないので、ますます勉強に励みたいと思っています。

藤崎 萌夏さん生命科学部 生命科学科 2年

  • 東京都立新宿高等学校出身

農業高校時代は、常にトップ3に入る成績だったという、生命科学部応用生物科学科の堀内誠弥さん。意気揚々と入学したものの、大学の授業についていけず、大きな壁にぶつかります。一時は退学まで考えながらも、その壁を乗り越え、成績優秀者として表彰されるまでになりました。その努力の源は、「学ぶことは楽しい、新しい知識を得ることは楽しい」という向学心と探究心でした。

勉強についていけず退学を考えたことも

食品のことを学びたくて農業高校に進学し、大学ではさらに専門的に学びたいと思い、東洋大学を選びました。ところが入学早々、自分の学力が周囲の人より劣っていることにがく然としました。高校でほとんど勉強してきていない科目があったのです。周りのみんなが当たり前に理解していることも農業高校出身の自分にはわからず、化学にいたっては元素記号から覚える始末でした。もともと苦手だった英語も、周りとはあまりにも隔たりのある実力。ショックでした。

あまりに勉強がきつくて心が折れかけ、1年生の春学期に1つでも単位を落としたら「自分のレベルでは、この大学の授業にはついていけない」と判断して退学し、地元に戻って就職しようとまで思いつめていました。

しかし、そうして期末試験に臨んでみると、大学の試験は、高校のように正解に当たる言葉を暗記して解答用紙のマス目を埋めるのではなく、問いに対して自ら答えを考え、文章にして解答する内容でした。ようやく大学での学び方が見えたという思いでした。私は暗記が得意で、今までは試験前に一気に暗記して点数を稼いでいたのですが、大学では「覚える」だけでなく「考える」ことが求められるのだと気づくことができたのです。ここでようやく、ひとつ霧が晴れたというか、ピンチを乗り越えられた気がしました。

幸い単位を落とさずに迎えることができた秋学期。大学での学び方がわかったおかげで、学ぶことが面白くなると共に、知識が増えていくことの楽しさを実感できるようになりました。どれくらいの知識を吸収できたか、それを目に見える形で証明できるのが試験です。そのため、試験でより良い点を目指そうという気持ちもどんどん強くなった結果、成績優良賞をもらえるまでの実力が付きました。退学しようかとまで思い悩んだことも、今となってはいい思い出です。

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大学生はもっと遊んでいると思っていた

学業、サークル、アルバイトと、うまくこなしている学生もいるでしょうが、私の場合はこの3つすべてをそつなくこなすことがあまり上手にできません。フットサルのサークルに入り、1~2年生の頃は週1回の練習に積極的に参加していたものの、3年生になって実験が忙しくなってくると、次第に足が遠のいてしまいました。

大学に入学するまでは、「大学生は授業をさぼったり、平日から遊んだりしている」というイメージを持っていましたが、実際にはまるで違いました。生命科学部では、1~2年生は1限から4限まで隙間なく授業がありますし、3年生になったら実験とそのレポートに追われ、遊んでいる余裕などありません。私も周囲の友人もみんなまじめに勉強しています。そうしなければ、レポートの提出が追いつきませんから。そもそも板倉キャンパスの周囲にはお店も何にもないので、遊ぶ誘惑もありませんし(笑)。

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もっと深く学びたい

高校では食品一辺倒の毎日でしたが、大学で学んでからは、微生物の奥深さにもどんどん興味がわいています。また、水処理についてももっと深く学びたいと考え、研究室は微生物か水処理のいずれかに進みたいと思っています。秋学期から授業はほとんどなくなりますが、就職活動の準備があるので、大学にはこれまで通りのペースで通う予定です。そして、卒業までに公害防止管理者や危険物取扱甲種などの資格取得も目指したいと考えています。

堀内 誠弥さん生命科学部 応用生物科学科 3年

  • 所属ゼミナール:エコテクノロジー研究室
  • 群馬県立中之条高等学校出身

2020年に東京オリンピックが開催されます。これまでの多くのオリンピックにおいては、開催後にGDPがマイナス成長となっています。建設産業は地場の産業と思われがちですが、世界にも目も向けなければ、建設業界は疲弊してしまいます。そのため、建設業者の中には、わが国の高品質な施工技術を求める国に、インフラをパッケージで輸出しようという動きが出ています。道路や港湾、住宅、電気、水道などの社会資本は長期の維持が重要であり、そのためには、日本の高品質な施工技術が必要とされるからです。
海外の建設プロジェクトでは国籍や人種が異なる関係者が共働するため、共通のルールとして「契約」という概念、考え方が強くなっています。日本には文脈を読む「あうんの呼吸」の文化があり、1を言えば相手は3も4も理解します。無意識にこの「あうんの呼吸」をベースに事業を進める日本人にとっては、むしろ、すべてがこと細かに明記されている海外の契約条件書は理解しやすいのではないでしょうか。建設業者は地球というキャンバスに社会資本を描くアーティスト。ぜひ、グローバルな活躍をしてもらいたいと思います。

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鈴木 信行教授理工学部 都市環境デザイン学科 国際建設プロジェクトマネジメント研究室

  • 専門:施工計画、プロジェクトマネジメント、国際工事契約

かつて子どもたちは、自発的に年齢の異なる集団を形成し、主体的に遊びを展開していました。年少者は遊び技能に長けている年長者の「遊びモデル」に魅了され、見て真似る・学ぶことで主体的に遊びを学習しました。これを「観察学習」といいます。そして年少者がうまくできなかった場合、年長者は年少者に遊びを教えるという「機会教授」の役割を果たしていました。さらに大人の気配を感じられる場所で遊ぶことで、「大人の直接的な関与」がなくても子供同士で安心して遊ぶことができました。
しかし、現代の忙しい子どもたちは、集団で遊ぶ機会も、安全に安心して遊べる場も減り、遊びのほとんどは同年齢の集団で行われています。そのため、大人が子どもたちの観察学習の対象になるようなモデルになること、大人が直接関与しなくても見守る存在になること、そしてタイミングを計って援助し、機会教授になることが求められます。このような大人と子どもの関係が形成されるためには、まず大人と子どもが互いに「見る・見られる関係」を築いていくことが大切といえるでしょう。

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高橋 健介准教授ライフデザイン学部 生活支援学科 子ども支援学専攻

  • 専門:幼児教育学