月別アーカイブ: 2015年5月

2015年6月21日(日)、東洋大学の全4キャンパスで、”学び”LIVE授業体験を開催します。

当日は、4つのキャンパスで約100の授業を公開。
実際に大学で教鞭をとる教授陣が、大学進学を考えるみなさまに、学問の魅力をお伝えする授業体験イベントです。

入試イベントページでは、当日の授業時間割を公開しています。
興味のある分野、学科の授業を体験し、大学の学びの面白さにぜひ触れてみてください。

■”学び”LIVE授業体験 日時
開催日:2015年6月21日(日曜日)
時間:各キャンパス 10時より

6月6日は東洋大学「学祖祭」のため、入試インフォメーションセンター「学びGallery」は閉室させていただきます。
皆様のご理解をお願いいたします。

東洋大学の白山キャンパスに開設されている「学びGallery」は、東洋大学や学びについて知りたい、入試情報が知りたい、大学生活について質問したいという、みなさんのための情報ステーションです。学生スタッフが一人ひとりに丁寧にご案内いたしますので、どうぞお気軽にお訪ねください。

学祖祭について

東洋大学創立者の井上円了は、大正8(1919)年の6月6日に、中国の大連において講演中に倒れて逝去しました。
東洋大学ではこの6月6日の命日に、創立の原点を振り返るために、この学祖祭を公開で開催しています。
場所は中野区哲学堂公園の向かいの蓮華寺で、法要と井上円了に関する講話を行っています。

学びGallery オープン時間

白山キャンパス:
月曜~土曜 9時~17時

朝霞キャンパス、板倉キャンパス、川越キャンパス:
月曜~金曜 9時~17時、土曜 9時~13時

  • ※:祝日、夏季・冬季休暇、大学休日等を除く
  • ※:上記日程以外にも、臨時に閉室させていただく場合があります。詳しくはお知らせをご覧ください。
  • ※:事前予約は不要です。お気軽にお越しください。

安定を求めて公務員を目指して法学部法律学科に入学したという金子涼さん。在学中に学生ボランティアの活動に参加したことをきっかけに、自分が変わったと言います。自分が本当にしたいことは何か。自分が好きだったことは何か。自己分析を続けるなかで気付いたのは、幼い頃から好きだった鉄道と関わって仕事をしていきたいということでした。そうして始めた就職活動で大いに役立ったのは、ボランティア活動で培った「状況判断能力」や「自分で考えて行動する力」でした。

転機となったボランティア活動

2年生の終わりまでは、漠然と公務員になることを目指していました。自分としてはそのために法学を学び、努力しているつもりでしたが、今思えばなんとなく志した道で、就職活動も「なんとかなるだろう」という思いが正直どこかにあったのだと思います。そんな自分が明らかに変わったのは、学生ボランティアセンターの「東北応援プロジェクト」での活動を始めてからでした。私は東日本大震災の被災地を訪れ、瓦礫の撤去などをしました。そのときに、仕事をなくして苦労をしている被災者の方と出会い、「君にはどんな仕事にも就けるチャンスがある。もっと自分の将来を真剣に考えなくてはだめだ」と言われたのです。その言葉で私は目が覚めました。安定を求めて「公務員になる」とただ漠然と考えていた自分の甘さに気付いたのです。そして、自分自身としっかり向き合い、何がしたいのか、何ができるのか、真剣に考えるようになりました。

ボランティア活動では老若男女を問わず、多くの人と出会います。それぞれの立場や状況に合わせた応対をしていくうちに、相手が何を求めているのか、自分はどうあるべきか、という状況判断能力が磨かれたように思います。そして、自分の生き方を考える大きな転機となった被災地支援というボランティア活動で経験したことを生かして、ゼミナールでは「災害時の行政〜復興の地域差と対策〜」を研究テーマに選びました。

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自分のペースを掴めば焦りもない

そして、就職活動を始めるにあたり、あらためて自分が何をしたいのかを真剣に突き詰めました。幼い頃から憧れた新幹線の運転士になりたいという気持ちが強くなりました。経営方針を一新するほど、あの東日本大震災後の対策を重要視している企業姿勢には、ボランティア活動を通して被災地を見てきた自分の思いとピタリと合うものを感じました。また、年齢を重ねても常に新たな仕事に挑戦し続けることができそうな、キャリアステップの幅広さにも大いに魅力を感じたのです。ボランティア活動でさまざまな年齢層の人たちと交流した経験を生かし、「誰にでもわかりやすい、使いやすい、優しい鉄道」を実現する一員となりたい。やりたいことを見出してからは、将来像も徐々に明確になってきました。

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夢中になった経験を就活にぶつける

就職活動の面接では、ゼミ活動で繰り返し行ってきた人前で自分の考えを発表するという経験が生かされ、緊張しながらも、自分の考えをしっかりと述べることができました。その際に自信を持って発言できたのは、学生生活を通じて、自分がボランティア活動を続け、その中で自分としっかり向き合ってきたからだと思います。学科での学びはもちろんですが、在学中に何か一つでも夢中になって取り組めることを見つけ、打ち込むことで、それまで気づかなかった自分の一面を知ることもできるのです。胸を張れる学生生活を送ることこそが、就職活動での最大の武器になるのだと感じました。

これから社会人としての生活が始まりますが、いつでも挑戦を恐れない姿勢を忘れず、自分の手で鉄道を動かすという責任ある仕事を誇りに思い、「現場のプロ」として仕事に臨んでいきたいと思います。

金子 涼さん法学部 法律学科 4年

  • 内定先:東日本旅客鉄道株式会社
  • 所属ゼミナール:竹島博之ゼミナール
  • 茨城県立牛久高等学校出身

高校生の頃は日本史が得意で、もっと歴史を深く学びたいと入学した文学部史学科日本史学専攻コースの今関直樹さん。就職するにあたってのキーワードは、“人を幸せな気持ちにさせる”ことができる仕事でした。就職先の職種と大学での学びは、直接的に結びつくことはなくても、大学の学びを通じて身に付いた多面的に物事を捉え、自分で答えを導き出す力が役に立っていると言います。その自信と誇りが就職活動においても発揮され、他人と比較することなく自分を貫くことで、志望の会社の内定を得ることができました。

自分で考えて選んだ企業へ

高校の時から得意だった日本の歴史をさらに深く学びたくて、史学科に入学しました。漢文や古文書の読み方に始まり、考古学の知識も得て、森公章ゼミナールでは古墳について研究。ひとつの史料をそのまま受け入れるのではなく、他の史料からも検証するという学び方を繰り返すうちに、物事をひとつの視点ではなく多面的にとらえ、自分で考えて答えを導き出す力が身につきました。就職活動で企業研究をする際にも、その力は大いに生かされたと思います。

日本史を学びたいと存分に追究してきた大学4年間。自分としては、満足がいくまで学ぶことができました。だからこそ就職を迎えるにあたり、自分が何をしたいのか、どんな仕事に就きたいのかと考えたとき、今度は違うことにチャレンジしようと思ったのです。

そこで、食べることが大好きだったことと、特に甘いものは“人を幸せな気持ちにする”と感じて、食品業界を志望しました。内定をいただいた山崎製パンは、2014年2月、関東甲信越地方の大雪で閉ざされた中央自動車道でドライバーたちに商品のパンを無料提供したことが話題になりました。人気の商品を数多く持つ製パン業者のなかでも、あんなに胸が熱くなるようなことを当たり前のこととしてできる企業で働けることが決まって、本当にうれしく思います。

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他人と比較しない強さを持つ

食品業界に就職しようと決めてからは、まずスーパーの食品売場に行き、どのような商品が、どのような会社で作られているのかを調べました。自分の足で情報を集めることで、世間のうわさやイメージに振り回されることなく、自分のものさしでそれぞれの企業をとらえることができたと思います。自分自身についても他人と比較することはありませんでした。就活中は、仲間はみんな真剣。それだけに、あまり他人と関わらなくなる人もいます。アルバイトも一切辞めてそれまでの生活とはまったく異なる就活モードになる学生が多いなか、私自身は3つも掛け持ちしていたアルバイトを、就活が始まってからも辞めることはしませんでした。なかでも大変だったのは、毎朝午前1時起きで営業所に行き、チラシの折り込み作業から関わった朝刊配達のアルバイト。大雪の日に大量の新聞を載せたバイクを押して歩き、14時間かけて配達したこともありました。他の仲間が就活でどういう動きをしているか、気にならなかったといえば嘘になりますが、肉体的な苦労を乗り越えたことで、「これだけは負けない」という自信が持てたのかもしれません。それまでの学生生活と就活との両立で身についた力を信じて、ありのままで勝負しようと面接に臨むことができました。

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自分らしく経験を積んでいく

自分のスタイルを崩さず、「絶対に負けない」という思いで臨んだ自分を認めてくれた会社には感謝と同時に、これから力いっぱい貢献していきたいと思っています。入社後は工場で製造工程を理解し、配送等の経験も積むことになるでしょう。ヒット商品を生み出すような商品開発の仕事にも興味がありますが、まずはいろんな業務を経験し、多くの人と関わりながら成長していきたい。企業は人で成り立つもの。人事がよければ会社は成長し続けるはずです。自分も経験を積みながら、人を見る目を肥やし、いずれは人事の仕事に携わりたいと考えています。

実は就活を終えてから足の靭帯を切ってしまい、内定式には松葉杖で出席しました。こんな大事な日に、と少し悔しい思いでしたが、同期入社となる人たちが大勢いるなかで「松葉杖の人」と、人事部の人にすぐに覚えてもらえました。これからもピンチをチャンスに変える強い気持ちで、自分らしくがんばっていきます。

今関 直樹さん文学部 史学科 日本史学専攻コース 4年

  • 内定先:山崎製パン株式会社
  • 所属ゼミナール:森 公章ゼミナール
  • 千葉県立柏南高等学校出身

紀元前12~13世紀にアーリア人が北西インドに定着、バラモン教が生まれました。その宗教観念は「自然現象」に対する崇拝でしたが、時間が経つにつれ信仰が抽象化し、「哲学的な思想」が深まっていきました。ブッダが誕生する頃には「輪廻思想」が形成されますが、苦しみがあふれているこの世に再び生まれるという死と生の循環から逃れるために、解脱や救済の思想も発展していきました。
西洋哲学は中世以降、キリスト教神学から離れて独立しますが、インド哲学は宗教と一体化しており、最終的には悟りを開く、いわゆる「解脱」を目指すことが最大の特徴です。悟りを得るためには、自我と世界の関係を正しく理解する必要があります。そこで、哲学者たちは自我(アートマン)がどこにあるかを探したり、世界の存在をとらえるために何らかの手がかりを模索したりと、「自我と世界の関係」を追究してきました。
インド哲学にも西洋哲学同様、論理学の体系が古代からあります。したがって、ギリシャ以来の西洋哲学の伝統と並び、インド哲学は人類の知的遺産といえるでしょう。

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沼田 一郎教授文学部 東洋思想文化学科

  • 専門:古代インドの法と社会

心理学とは、人間の心の働きに関して「原因と結果の法則性」をデータに基づいて検証する学問です。検証して明らかにすることで、人は予測・統制するという力を得ることができます。とはいえ、なかなか自分自身の考えや行動をコントロールすることは難しいもの。なぜなら目標を妨げる誘惑や衝動が葛藤を起こすからです。
では、意志力を発揮するためにはどうすればいいか、それは目標に対して「どのように」「なぜ」を考えることです。勉強しなければと思ってもなかなか実行できない場合、「なぜ勉強するか」を突き詰めて考えることでやる気を引き出します。やる気はあるものの実行に移せないという場合は、着実に実行するために「どのように勉強するか」を考えるのです。
あらゆる状況に効果のある心理学のコツはおそらく存在しません。けれど予測と統制をいつ・どのような形で使えばいいのかという具体的な状況も含めて教えてくれる心理学は、とても役立つ学問なのです。

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尾崎 由佳准教授社会学部 社会心理学科

  • 専門:目的達成、自己に対する認識およびコントロール、意識と無意識

絶対不可欠ではないけれど、それがあれば人を楽しませ、豊かな気持ちにしてくれる玩具。土田さんはそこに惹かれ、玩具メーカーへの就職を目指すようになりました。「努力をしないで来た人間だった」という土田さんが、学園祭実行委員会の企画担当長として奔走したり、就職活動では失敗も自分の糧にするバイタリティを見せたりした4年間。大学生活を通じて、内面が成長できたことを自身も実感しています。

学園祭の企画担当長で得た大きな達成感

大学生活4年間で最大の思い出は、学園祭実行委員会の企画局でスタンプラリー企画担当長を務めたことです。それまでのスタンプラリーは、ミスコンやお笑いライブなどのメイン企画と比べると、魅力が少ない企画でした。そこで、前年より参加者を増やし、満足度も上げるため、スタンプカードの改善と新企画キャンパスラリーという2つのことに取り組みました。その結果、前年を2倍以上も上回る参加者数を達成。来場者満足度アンケートでも、13企画中1位を獲得することができたのです。委員会のメンバー200人を前にした緊張のプレゼンテーションなど、振り返ればもちろん苦労も多かったのですが、仲間の協力もあって最高の結果を得ることができたと思います。この出来事を通して培われた「率先して企画を考え、立案する」といった積極性や挑戦する心は、私にとって初めて生まれたものでした。同時に、周囲の仲間と協力することがいかに大事かも深く学びました。

私はもともとマンガやアニメが好きで、そういう好きなものを仕事にできたら楽しそうだなという単純な思いは持っていました。しかし、実際に就職活動が始まるまでは、具体的にどのような職種に就くかを考えていたわけではありません。ただ、この先何年も仕事をするということは自分の人生を仕事に賭けるということでもあるので、本気でやりたいことを仕事にしたいという気持ちはありました。それが何なのかわかったのは、就職活動が始まってからのことでした。

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「楽ではないけれど、楽しい」仕事がしたい

私には昔から、なりたい職業や憧れ、夢というものがなく、なかなかキャリアプランが浮かんできませんでした。自分のしたいことがつかめていない状態で就職活動をしてはきっと後悔すると思い、できるだけ早い時期からキャリアセンターへ相談に行くようにしました。その際に相談員の方からOB訪問をすすめられ、真っ先に頭に浮かんだのが、説明会の雰囲気がよく印象に残っていた玩具メーカーでした。その会社のOBの方に連絡を取り、いろいろな話を聞いたところ、「仕事は楽ではないけれど、楽しい」という言葉が心に響きました。私もそう思える会社で働きたいと、はっきりと目指すものが見えたのです。そして、晴れて内定が決まった際にOBの方に報告したところ、「内定はゴールではなくスタートラインに立てる権利をもらっただけ」という激励をいただき、卒業後の新生活がますます楽しみになりました。

とはいえ、就職活動中は失敗や挫折もたくさん経験しました。もともと人前で話すのは得意ではないので、グループ・ディスカッションや面接では自分の考えをうまく伝えることができず、帰りにトイレで泣いたこともあります。それでも、大学で主催している面接対策のセミナーや模擬面接すべてに参加したり、キャリアセンターの相談員の方に1対1で練習していただいたり、あきらめずに努力し続けたことが、満足いく結果につながったのだと思います。

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大学で頑張ることの大切さを知った

大学に入るまで、私は何事に対してもその時持っている実力でできることをやるだけの、努力をしない人間でした。それがサークル活動や就職活動を通じ、初めて一生懸命頑張ることの大切さを学びました。つまずいても「今回はこういう点がよくなかったから次はこうしよう」と、迷いつつも前向きに進んでいけるようにもなりました。4年間で少しは成長できたのではないかと思います。

これから大学生活を送るみなさんにはぜひ、1つで良いので、自信を持って語れる経験を作ることをおすすめします。私の場合はサークルでしたが、ゼミ活動、語学、アルバイト…など、何でも良いと思います。就職活動では「留学して、ボランティアをして、ゼミ長も務めて、アルバイトでもリーダーでした」という超人のような人もいましたが、そういう人と比べる必要はまったくないと思います。1つで良いから全力で、最後まで取り組むことが、自分に対する大きな自信になってくれるはずです。

私は内定先の会社で企画職を希望しています。玩具は人にとって、なくても生きていけるものですが、あれば心が豊かになるもの。だからこそ、子どもだけでなく、大人からも愛されるのだと思います。私も人がわくわくするような玩具を世に出して行きたいですし、いつかは日本で知らない人はいないというような大ヒット商品を作り出してみたいです。その結果、自分の関わる仕事で楽しんでくれたり、癒されてくれたりする人がいたら最高ですね。

土田 優花さん文学部 英米文学科 4年

  • 内定先: 株式会社バンダイ
  • 所属ゼミナール:竹内理矢ゼミナール
  • 東京都立北園高等学校出身

小学校教員になりたいという目標を持って文学部教育学科に入学した勝山優美香さんは、初等教育専攻独自の「往還型教育実習」で、1年生から現場実習を経験しました。教室で理論を学んでから臨んだとはいえ、実習協力校での実践は戸惑うことばかり。それでも繰り返し経験を積むうちに、自分の教育観を確立することができたと語ります。「笑顔あふれるクラスをつくりたい」という夢を叶えるために、いよいよ4年間かけて蓄積してきたものをアウトプットする時が訪れました。

目標に向かって早期に現場体験

子ども一人ひとりの個性を認め、可能性を最大限に引き出したい。教育に携わる仕事をしたいと思い始めた頃から、そんな理想の教師像を描いていました。東洋大学の教育学科には、一般的な教育実習のほかに、「往還型教育実習」という初等教育専攻独自のプログラムがあります。1年生から実習協力校である小学校の参観へ行き、2年生からは2年間かけて、週1回現場を体験するもので、授業で学んだ理論を実習で体得し、対応力や応用力を実践的に身につけていくものです。いくら子どもが好きとは言っても、実際に小学校へ行き、授業に参加したところで、初めはどうすれば良いか、わからないことばかり。児童同士のトラブルを仲裁することもできず、担任の先生に助けてもらったこともあります。自分の力不足を実感してからは、同じ専攻の仲間に相談したり、先輩教員の指導する姿を見たりしながら、多くを吸収。学内での理論と学外での実践の繰り返し、まさに「往還」の学びによって、自分の教育観を確立することができました。

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教職専門の指導を受けて

教員採用試験に向けては、大学の教育支援室で指導を受けたことが大きな力になったと思います。論文は個人指導で、面接は仲間と一緒に集団面接の練習を毎週行いました。論文でも、面接においても、民間企業とは異なる教職特有の書き方や表現があり、まずはそれをマスターしなければなりません。教職専門の指導の先生によると、面接の答えは短く30秒以内、論文も一文で柱部分を述べ、肉付けとして理由、補足の簡潔な文章でまとめるのが理想だというのです。私はどちらかというと、話がつい長くなってしまうタイプだったので、教職に求められるこのスタイルを知らなければ、合格などとてもできなかったかもしれません。具体的な教えは、本当にありがたいものでした。

子どもたちにとって、先生の言葉が与える影響は大きいものです。実際に現場で、先生や子どもたちと接してみて、そのことにあらためて気づかされたものです。

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仲間がいたから頑張れた

今思い起こしてみると、大学4年間は、本当に自分を成長させてくれる場でした。いろいろなことができる時間、できる環境だけに、自分自身に強い意志がなければ堕落してしまいがちです。もし、確固たる目標や、将来に直接関係がなくても、夢中になれるものが見つかれば、有意義な4年間を過ごすことができると思います。そんな中、教育現場での実習では、くじけそうになることも少なくありませんでした。それでも「教員になりたい」という目標に向かって、ぶれることなく挑戦し続けることができたのは、同じ志を持つ仲間がいたからでもあります。お互いの考えを深めたり、異なる意見に耳を傾けたり、協力し合えたことで、自分のキャリアプランを具体的に描き、努力することができました。大学4年間で出会った人たちそれぞれの生き方に触れたからこそ、自分の目標を再認識することもできたのだと思います。私はやはり、児童一人ひとりの魅力をしっかりと見つけられる教員になりたい。笑顔のあふれるクラスをつくりたい。そして「勝山先生のクラスで良かった」と言ってもらえるように、これからも努力を重ね続けていきます。

勝山 優美香さん文学部 教育学科 初等教育専攻 4年

  • 内定先: 埼玉県教育委員会
  • 所属ゼミナール:幸田国広ゼミナール
  • さいたま市立浦和高等学校出身

国際地域学部国際地域学科の出野結香さんは、同じ国際地域専攻の仲間たちとともに国際問題を深く学ぶうちに、世界における女性の月経について考え、そこに研究テーマを見出しました。社会に出てからも関わり続けたいと、就職先として生理用品メーカーを見据え、積極的に自己アピール。全力で取り組んだからこそ、面接でも自信を持って思いの丈をぶつけることができたようです。

ゼミ活動で固まった将来の夢

高校時代の留学経験を経て、英語を話す面白さに目覚めたことから、将来は海外で仕事をしたいと考え、入学当初は英語に関する授業にばかり夢中になっていました。ところが、「国際協力」や「地球温暖化」などの国際的な課題について深く学ぶうちに、自分にはもっと知らなければいけないことがあるのではないかと思えてきたのです。なかでも、1年次に「世界の女性の月経事情」について学んで以来、社会における女性の存在について考えるようになり、3年次の所属ゼミナールで訪れたウガンダでも、現地の女性を対象に、月経に関する調査を行いました。日本とは違い、あまりにも厳しい生活環境に驚いたのと同時に、自分がここまでのめり込んで取り組んだ「月経」という問題に対して、社会に出ても関わっていきたいと強く考えるようになりました。そして、それまで抱えていた「世の中に向けて何かを発信したい」という思いを、「女性のための生理用品メーカーで仕事をしたい」という具体的な夢として固めるまで、それほど時間はかかりませんでした。

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中身を見てほしい!と臨んだ面接

自分が働きたいフィールドが明確になってからは、ドラッグストアに足を運んで生理用品のメーカーを調べるなど、地道に情報を集めていきました。関心のある企業を絞り込み、入社試験に臨んだのですが、内定をいただいた大王製紙の場合は、数学のWebテストで、合格ラインギリギリでの通過でした。この危ない状況をしっかりクリアしないとやりたい仕事にも就けない、自分は何もスタートできない、と頭をよぎるのは不安ばかり。筆記試験だけで自分という人間を評価されたくない、中身を知ってほしいと強く思い、面接では、自分がこれまで打ち込んできた月経に関する卒業研究のテーマについて話し、将来は商品企画に関わりたいという思いの丈をすべて託しました。こうして人前で堂々と自分の意見を述べることができるようになったのも、ゼミにおけるグループ・ワークのおかげです。積極的に行動する力も、まぎれもなくゼミ活動で身についたもの。就職活動は相手企業を知るのと同時に、自分自身を見直す機会でもあったと感じています。無事に内定をいただけたのは、面接で思いきり本当の自分を出せたことが認めてもらえたからではないでしょうか。

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就活は自分を見つめ直すチャンス

東洋大学で過ごした4年間は、自分にとって貴重な時間でした。同じ目標を持った仲間が集い、切磋琢磨しながら自分自身を高めていく。そんな毎日は本当に刺激的です。私もいろいろな価値観に触れてきたからこそ、現在の自分があると思っています。就職活動さえも、今後の人生において大きく役立つ貴重な経験であるはず。就職活動は決して辛いものではありません。むしろ、自分を見つめ直すいい機会であり、未来を明るく照らし出すものではないでしょうか。興味のあることを、興味で終わらせない。そんな行動力が、人間的に成長させてくれるのだと思います。私自身、就職活動の期間にたくさんの人に出会い、話をすることで、相手の話を聞く姿勢を身につけ、社会人になるための覚悟ができました。これから入学してくるみなさんには、大学時代ならではの自由な時間を有意義に過ごし、やりたいことに集中して、自分の力を蓄えてほしいと思います。

出野 結香さん国際地域学部 国際地域学科 国際地域専攻 4年

  • 内定先: 大王製紙株式会社
  • 所属ゼミナール:松丸亮ゼミナール
  • 私立沼津学園桐陽高等学校出身

超高齢社会に必要な住環境、それは高齢者の心身特性・生活の特徴に応じた住環境ということです。理想は高齢に伴う心身機能の特性を十分に把握し、安全に暮らすことができ、終生住み続けられる住宅です。しかし、高齢者対応の観点で見ると、日本の住宅には家庭内事故を引き起こす問題点がいくつかあります。木造家屋ならではの段差は転倒の原因になり、尺貫法による基準寸法では廊下の幅が狭く、介護の人と並んで歩いたり、車椅子で移動したりするのが困難です。また、スリッパで転倒する、体に負担のかかるユカ座、脱衣所と浴室内の段差といった日本の生活様式でも転倒の危険があります。さらに、家庭内事故は老化に伴う心身機能の低下も関係しています。
水村教授の研究室では、昨年の埼玉県北本市に続き、今年は埼玉県秩父市からの依頼を受け、高齢者の家庭内での転倒防止リーフレットを作成することになりました。授業では高齢者が安全に暮らせるための住宅の在り方をふまえ、リーフレット作りのさまざまなアイデアが学生から提案されます。

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水村 容子教授ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科

  • 専門:住宅計画・住居学

ダイヤモンドは材料の王様と言われ、「地球上で最高の」という接頭語がよく付きます。それは高硬度、耐薬品性、音・熱良導体、高・広透明性という優れた特性があるからです。
気相合成ダイヤモンドは、新しい炭素材料であるニューカーボンズの一例です。これは人工的にメタンガスから作ったもので、ダイヤモンド粒子がたくさん集まってできた薄い膜の形状をしています。従来の材料を薄膜の気相合成ダイヤモンドで覆えばダイヤモンドの性質を付与できるということは、非常に大きなメリットです。
また、ダイヤモンドの成長には、ダイヤモンドの表面における水素の化学吸着が大きく関わっています。この研究の知見を活かした新しい炭素材料合成も行われており、現在は燃料電池やリチウム電池などの材料に応用した研究も進んでいます。さらにダイヤモンドをより安く、より大量に作る方法として、アルコールによる新規材料合成法の開発にもつながりました。このように、1つの知見をもとに、そこから研究は広がっていくのです。

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蒲生(西谷)美香教授理工学部 応用化学科 ダイヤモンド研究室

  • 専門:材料化学、無機工業材料

向上心と向学心にあふれ、大学生活ではあらゆることに全力で取り組んできた、国際地域学部国際地域学科の寺尾知果さん。とはいえ、就職活動が始まると自分が何をしたいのかが明確に見えずにいました。あらためて自分が過ごしてきた大学生活を振り返ると、ゼミナールで学んできた地域活性化や公共性、グローバルといったテーマを生かした仕事がしたいという思いがわき上がったそうです。努力は報われること、頑張った分だけ必ず結果は出ることを、寺尾さんの4年間は教えてくれます。

興味の対象が国際協力から地方自治へ

東洋大学に入学し、国際地域学部で学んだ最初の2年間は、国際協力や発展途上国に興味があり、将来はJICA(国際協力機構)や国際NGOなどで働くことをイメージしていました。その気持ちが変わったのは、ゼミを選ぶ時期のことでした。国際地域学部の理念である“Think globally,Act locally”という言葉に共感し、もっと身近なことに目を向け考えていきたいと思うようになったのです。そこで稲生信男教授のゼミで地方自治を中心に学びました。

稲生教授のゼミを選んだ理由は2点あります。まず、当時は将来の選択肢として公務員も考えており、地方自治に関心があったこと、次に、まちづくりを主な研究とするゼミが多い中、稲生教授の「理論を学んでから現場に行く」というスタイルに魅力を感じたからです。3年生の夏季休暇期間には「まちづくり徹底比較プロジェクト」という課題のため、研究対象の地域に何度も足を運び、現場から情報を得る力を身に付けました。研究発表のため鴨川セミナーハウスで合宿をし、ゼミ生と協力しながら徹夜で資料を仕上げたことは、当時は大変でしたがいい思い出です。

国際地域学部では専門分野の勉強とは別に、自分の英語を発信するチャンスが多くあります。私はESP(English Special Program for Regional Development Studies=英語特別コース)学生に登録し、最近では卒業論文の要旨を英語で発表するという機会もありました。ほかにも、学内の英語スピーチコンクールに出場したり、英語で行われている授業を受講したりすることで、英語に触れる機会がさらに増えます。英語の勉強にも力を入れたいという人には、学ぶ環境が整っていてとてもいい学部です。

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やりたいことが見えてから迷いが消えた就職活動

就職活動を始めたばかりの頃は、なかなか自分のやりたいことが決められず、学内のみならず、外部で行われている就活セミナーにとりあえず参加するだけ。数ばかりこなしていました。早い段階で内定をいただいた会社もあったのですが、本当にその会社の業務をしていきたいのか考えると、ちょっと違う気がしたのです。そこで改めて大学生活を振り返ることで、ようやく自分のやりたいことが「日本の魅力を国内外問わず多くの人に伝えること」だとわかりました。

その後は地域活性化、公共性、グローバルの3点をポイントに就職活動を進めました。これらはいずれも大学で学んだことが反映されている業種です。その結果、いずれも第一志望のように思っていた会社の両方から内定をいただけ、どちらに進むか随分悩みました。しかし、お話を聞かせていただいた女性の卒業生がとても魅力的だったこと、経営支援、地域振興、政策提言といった業務内容すべてに興味があったことから、最終的に現在の内定先を選びました。

ゼミで実践した「自分の足で情報を稼ぐ力」は、情報戦ともいわれる就職活動で大きく役立ちました。また、以前は悩みを持つと答えが出るまで止まってしまいがちでしたが、悩みつつも行動することで新たなヒントが出てくることもあると、就活を通じて学びました。

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常に進む、常に挑戦するという攻めの姿勢

大学生活では、常に何かに挑戦していることを心がけていました。TOEICの外部講座受講、LEAP(旧SCAT)の履修、2度の海外研修、フェアトレードを推進するボランティアとアカペラという2つのサークルなど、さまざまな経験を重ねました。中でもザ・リッツ・カールトン東京でのインターンシップは、それまでアルバイトをしたことがなかった私にとって、忘れられないことばかりです。一流のホテリエに囲まれて勤務する中で、「目指せ半人前」を目標に、学ぶ姿勢の大切さを改めて知った気がします。

息切れすることを恐れず、立ち止まらずに進むようにしていたのは、国際地域学科の仲間は主体的に動く人がとても多かったのでそれにも感化され、いい刺激をもらったことが大きいと思います。また、自分自身を磨きたいという思いだけでなく、就職活動に向けて何かしていないと不安という理由もありました。就職活動では必ず結果を出したい、大学生活で頑張ったことをすべて就活に転化したいと思っていたのです。最初に公務員という道を選択肢の1つに考えていたのも、公務員試験合格という目に見える結果がほしかった側面もありました。

内定先での業務は大学で学んだことがベースになるかと思いますが、将来はその中でも特に強い関心を持っている地域振興とインバウンド関係の業務に関われればいいなと思っています。そのためにも、日頃から広い視野を持つことと、英語に触れる機会を継続していきたいと考えています。

寺尾 知果さん国際地域学部 国際地域学科 国際地域専攻 4年

  • 内定先: 東京商工会議所
  • 所属ゼミナール:稲生信男ゼミナール
  • 私立江戸川女子高等学校出身

経済学部国際経済学科の宇田川亮輔さんは、消防士のお父さんの背中を見て育つうち、いつしか「自分も消防士に」という思いを抱くように。小学生の頃から続けてきたバスケットボールは高校で終わらせるつもりが、大学の監督がかつての恩師だったというご縁で、大学でもバスケ漬けの4年間。学業と部活を両立させながら消防士になる夢を追い続け、そして叶えたのです。

消防士以外の仕事をしている姿が想像できない

父が消防士のため、消防士は幼い頃から身近に感じる職業でした。小学5年生の時、自転車に乗っていて、自宅近くでトラックと正面衝突するという事故に遭ったのですが、奇跡的にかすり傷で済みました。ちょうど非番だった父が自宅から飛んで来て、そこに到着した救急隊員が父の同僚で、「宇田川さん、何やってるんですか」「これ息子」と(笑)。その時の自分はただ泣きじゃくるばかりでしたが、それは怪我の痛みのせいではなく、父や消防隊員の姿を見て安心したからです。そんな経験を通じて、自分も消防隊員になりたいという思いが育っていきました。そして、東日本大震災で多くの方が被災している様子を目にしたことで、その思いはますます強まっていったのです。

人の役に立てる、それが目に見えてわかるところが「消防士」という職業の魅力だと思います。大学入学時はすでに消防士以外に、自分の働いている姿がイメージできませんでした。スーツを着て営業している姿はどうしても思い描けなかったので、もし公務員試験に失敗したとしても、就職浪人して翌年もチャレンジするつもりでいました。

20歳の時、10年前の自分から手紙が届いたんです。学校か何かで「未来の自分に手紙を書く」というイベントがあったのだと思いますが、その手紙には「消防士になりたい」と書いてありました。10歳の頃からもう思っていたんですね。

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バスケ部に捧げた4年間に悔いはない

幼少時、喘息もちで、1年に2回は入院していた私は、体力づくりのためにバスケットボールを始めました。中学生になってクラブチームに入りましたが、その時に指導を受けたのが、現在の東洋大学バスケットボール部の監督です。自分が中学を卒業した後は弟がお世話になり、監督とは家族ぐるみの付き合いとなりました。実は、バスケットボールは高校で終わりにして大学では学生生活を謳歌するつもりでした。それが、東洋大学に進学することを知った監督から誘われ、断れませんでした(笑)。とはいえ、一度やると決めたことを途中で投げ出すのは嫌だったので、引退まで全力で頑張りました。この4年間、練習していた記憶しかなく、思い描いていた大学生活とは全く違うものになりましたが、悔いはありません。

ただ、勉強と部活の両立は、履修科目の多い1年生の頃は大変でした。バスケットボール部は上下関係が厳しくなく、和気あいあいとした雰囲気なのですが、それでも1年生にはやらなければならない雑用があります。1限から授業を受け、部活を終えて帰るとすでに23時ということも珍しくありませんでした。しかし、公務員試験を受けることは決めていたので、1~2年生のうちにできるだけ単位を取っておきたいという思いがあり、必死で頑張りました。「部活のせいで時間がなかった」ではなく、むしろ「部活によって最後まで投げ出さないでやり通す力、忍耐力が身に付いた」と感じます。

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公務員試験合格目指しスイッチを切り替えた

3年生になり、公務員試験の勉強を始める時期になりましたが、10月のリーグ戦が終わるまでは部活に意識が向いていて、なかなか試験勉強と部活を両立することができませんでした。そしてリーグ戦が終わり、これはさすがにまずいと思っている時に、大学で行われた消防と警察の内定報告会に参加しました。合格した先輩から「自分は去年のこの報告会に参加していなければ、勉強を始めるのがもっと遅くなっていた。報告会で尻に火が付いた」と聞き、自分もまったく同じ状況であることを客観的に理解しました。本格的に試験勉強をスタートしたのはそれからです。

周りに同じ公務員を目指している人がいない中で、自分のため、将来のためと思い、ひたすら勉強しました。朝6時起床、7時までに朝食を済ませて正午まで勉強、午後も20時まで勉強して24時就寝と、ロボットのような生活でした。今までの人生で一番勉強した時期です。苦しい日々でしたが、自分もここまでやれることがわかり、得たものも大きかったです。

入庁後は全寮制の消防学校に半年間入校し、9月に消防署に配属されます。まずは一人前の消防士になることを目指し、最終的にはハイパーレスキュー隊の一員になることが目標です。東京消防庁の職員1万8000人のうち、ハイパーレスキュー隊は300人。狭き門ですし、それにはレスキュー隊に選抜されなければなりません。危険を伴うこともあるでしょうが、「死なない消防士が優秀な消防士」と言われているので、訓練をしっかり積み重ねつつ、日々勉強をモットーにこれからも頑張ります。

宇田川 亮輔さん経済学部 国際経済学科 4年

  • 内定先: 東京消防庁
  • 私立京北高等学校出身

自分が将来何をするのか、何をしたいのか、全然イメージできなかったと語る、経営学部会計ファイナンス学科の髙田美紀さん。だからこそ、在学中に資格を取得し、就職活動の武器にしようと考えていました。FP技能検定2級に落ちたことで、自分でも驚くほど奮起し、時間を惜しんで勉強します。そうして得たものは念願の2級合格だけでなく、銀行内定の通知でした。

なんとなく、備えるために資格を取得

私はもともと、「こんなことを学びたい」とか「こんな仕事がしたい」という強い気持ちで学生生活を過ごしていたわけではありませんでした。サークルもゼミもなんとなく合わない感じがして途中で辞めてしまったし、いわば“熱く打ち込む”ものは特にない日々だったのです。だからといって、つまらない学生生活を過ごしていたのではなく、授業のある日にはしっかり学び、友達と遊ぶのは休日と決めて、自分らしい生活リズムを維持することで“メリハリ”のある毎日を過ごすことができていたのも事実。就職については、入学前から「金融系企業なら安心して勤められるだろう」と思っていたくらいですが、それはとても漠然としたものでした。だからこそ、在学中に何か資格を取得して備えておこうと考えたのです。

そして、資格として真っ先に思い浮かんだのが簿記でした。早々に日商簿記3級の検定試験を受けて合格し、次は何に挑戦しようかという時に、父がファイナンシャル・プランナー(FP)を目指して、FP技能検定3級の試験勉強をしていました。FPの資格は、ちょうど2年生の授業でも取り上げられ、「学生の年金猶予」という身近なテーマについて学んでいた時期だったので、資格への興味が一層深まりました。将来像がイメージできないなりに、“今できること”を探して、自分なりに頑張っていたような気がします。

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失敗の悔しさを本気の努力に変える

2年生でFP技能検定3級に合格し、続いて2級にも挑みました。ところが、二度も失敗。あと一歩のところでの不合格は、とても悔しく、それが私の“熱い日々”の始まりでした。次こそ絶対合格しようと、それまで以上に猛勉強の毎日。通学電車の中はもちろん、少しのすきま時間も有効に使って、スマートフォンでも使える教材を使って努力しました。3年生で就職活動を始める直前に、2級検定に合格できた時の喜びと安堵感は忘れられません。それまでも自分なりに頑張っていましたが、本気で奮起すれば目標は達成できることを実感。この経験がひとつの転機となり、大きな自信につながりました。

何でも興味を持ったものには一生懸命取り組めばいい。後輩のみなさんに伝えたいのは、挑戦することのすばらしさです。私自身、そんな思いで、ほかにもアロマテラピー検定試験にも挑戦し、合格を得ることができました。まずはいろんなことに関心を持ち、興味を持ったら行動に移すことがステップアップの第一歩だと思います。

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入社後も自分を高める努力を続けたい

私はもともと人前で発言することが苦手だったのですが、さすがに就職活動においてはそんなことは言っていられません。これを乗り切らなければ社会に出てもダメなままだと思い、説明会や面接では、積極的に自分の意見を述べることを意識しました。当たり前のことかもしれませんが、これは私にとっては大きな挑戦。最初はとても緊張しましたが、やってみると、それまでドラッグストアのコスメ売り場で長く接客のアルバイトをしていた経験が生きたのです。相手に合わせて対応し、突然の質問にも動じないよう準備をするなど、日常のアルバイト経験は社会人と接するうえで、とても役立ちました。化粧品メーカーやヘアケア商品のメーカーの話も聞いてみましたが、やはり、実際に会ってみるとイメージと異なることにも気づきました。そうして、できるだけ多くの企業の情報を得て分析していくなかで、銀行から内定をいただけて本当に良かったと思います。

今後は、せっかく取得したFPの資格を生かして、お客さまの人生設計のお手伝いをしていきたい。そして、さらに多くの資格を取得し、仕事の幅を広げられるよう努力し続けたいと思っています。

髙田 美紀さん経営学部 会計ファイナンス学科 4年

  • 内定先: 株式会社りそな銀行
  • 東京都立狛江高等学校出身

インターネットの普及により、買い物は「リアル店舗」だけでなく「インターネット店舗」も利用されるようになりました。消費者がこの2つを使いわけることを「チャネル選択」といいます。
用途によって店舗を使い分けるマルチチャネル顧客は、単一チャネル利用の顧客と比べて購買金額、回数ともに多いことがわかっています。さらに、さまざまな種類の商品を買う傾向にあるので、企業は商品カテゴリ数を増やそうと考えます。ただし、カテゴリによってマルチチャネル顧客率は異なるので、費用対効果の検討は必要ですし、日常的に使う商品カテゴリだと、かえって売り上げが下がってしまう可能性もあります。
それでも多くの企業はO2Oマーケティングを展開しています。これは「オンラインto オフライン」という、オンライン上でリアル店舗への訪問を促す活動で、最終的にマルチチャネル顧客になってもらうのが目的です。
自分がどんな買い物をどこで購入しているのか、考えてみてください。それがマーケティングを学ぶことへとつながっていきます。

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大瀬良 伸准教授経営学部 マーケティング学科

  • 専門:マーケティング論、流通論、消費者行動論

運動が身体にいい理由を知るためには、運動すると身体の中で何が起きるのかを知る必要があります。
心臓から動脈を通して送り出された血液、いわゆる心拍出量は、動脈血管を通ってあらゆる臓器に分配されます。安静時は毎分5リットル、運動時には毎分25リットルもの心拍出量となり、さらに運動時は心拍出量の80%以上が活動筋へ配分されます。
一方、静脈は伸展性が高く血液を保持しやすいという特徴があり、循環血液の60~70%が静脈内に存在しています。伸展性が高いということは血管をたくさん保持できるということなので、結果として運動する時に有利となります。体力があるほど伸展性が高いことはわかっていますが、どんな運動で体力をつけるのが効果的かというところまでは、まだわかっていません。
運動生理学とは、運動によって生じる体の変化を観察し、その現象と仕組みを研究する学問です。運動生理学を学ぶことで、健康の維持増進に対して運動がどのような役割を果たしているかを学んでいきましょう。

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大上 安奈准教授食環境科学部 食環境科学科

  • 専門:運動生理学、スポーツ栄養学

勉強よりもアルバイトや遊びを優先させるような生活を2年間送っていたという、文学部英語コミュニケーション学科の大久保成己さん。「このままではいけない」と危機感を覚えてからは、これまでの分を取り戻すかのごとく積極的に活動するようになります。アイルランド留学から戻ると、就職活動のために一人暮らしを始め、自分の将来と真剣に向き合いました。そうしてつかんだのは、大久保さんが地元の秩父を大好きなように、「地元が好き」と言う人が増える一端を担える仕事です。

アイルランド留学がターニングポイントに

2年生の春休みに大学の留学プログラムでアイルランドへ行きました。留学しようと決めたのは、それまで過ごしてきた2年間を振り返り、せっかく大学に入ったのにこれでいいのかという焦燥感があったからです。英語を学べる環境にいるのにそれほど得意ではない、海外に行ったこともない、こんなことでは駄目じゃないかと。何か動かなければと思い、留学プログラムに参加したのです。

現地では講義以外の時間でも英語に接しようと、友人と一緒に現地の学生に話しかけたり、仲良くなると一緒に食事に行ったりしました。海外留学しても周囲に日本人が多いと、ともすればその環境に甘えそうになりますが、現地の人たちと積極的にコミュニケーションを図ることで充実した留学となりました。

結果として、この留学がその後の自分の進路に大きな影響を与えるターニングポイントとなりました。帰国して3年生になった時点で、留学した時から維持している高いモチベーションのまま就職活動に入ったのです。これまで目的意識を持たずに時間を過ごしてしまった分、ここからすべての力を就活に注ぎ、納得の行く結果を出そうと決意しました。実家の秩父から都内までの時間を考えると、その往復の時間にもう1社説明会に行けると思い、一人暮らしを始めたほどです。大学の図書館で毎日のように会社のことを調べたり、学外のイベントにも参加したりして、あらゆる業種を検討し、自分が何をやりたいのか見極めていきました。

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地域とのつながりの強い仕事がしたい

海外へ出たことで、あらためて自分は日本が好きだということに気づきました。さらにその思いを掘り下げてみると、地元の秩父が大好きということが根底にありました。近隣の人は皆顔見知りで、道で会えば挨拶が飛び交います。東京で暮らし始めた時、隣の家の人とすら会話がないことに、本当に驚きました。

最初は大好きな秩父の活性化に尽力したいという思いから旅行会社を考え、次第に地域とのつながりの強い仕事として、不動産やハウスメーカー、信用金庫に興味が向きました。なかでも、地域を第一に考える信用金庫で働くことが自分の理想に近いと思い、最終的に信用金庫に絞って活動を進めました。内定をいただいた信用金庫は、人事の方の話を聞いた時点で「この会社に入りたい」と直感で思ったところです。ほかの信用金庫の話も聞きましたが、ここ以上のインパクトを感じた会社はありませんでした。

しかし、最終面接までに支店訪問をするように言われていたのですが、面接の際に1店舗だけ訪問したことを報告すると、面接官の方にがっかりされました。自主的にもっと多くの支店に訪れることを期待されていたのに、それに応えられなかったのです。その後、数店舗の訪問をしたものの、この信用金庫が第一志望だと言いながら最初は1店舗しか訪問していなかった自分の甘さを猛省しました。幸い内定をいただくことができましたが、忘れられない失敗です。

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友人から刺激を受け高いモチベーション維持

就職活動中には自己分析もしました。小学校から大学までをモチベーショングラフで表し、そのときの状況をノート1冊分で振り返るのです。これによって自分の長所だけではなく、自己中心的で自分本位な面にも気づき、かなりショックを受けました。同時に、小学校から高校までずっとサッカーのキャプテンを経験したのは、この短所がむしろ人をまとめるリーダーシップとして生かせたということもわかりました。このような自己分析によって、改めて自分がどんな人間なのかを知ると同時に、将来のビジョンを真剣に考えることができ、人間的に成長できたと感じています。

一緒にアイルランドに留学した友人たちは、非常に向上心があって就職に対する意識も高い2人でした。彼らと一緒に就職活動を進めることでモチベーションを維持することができました。3人で遅くまで図書館に残って調べものをして、その後は銭湯で遅くまで話し込んだのは、今となってはいい思い出です。アイルランド留学は、いい友人と出会う機会も与えてくれました。今後はまず仕事を覚え、目の前のことにしっかり取り組み、いずれは「地元の信金マン」としてその地域の方全員に知られているような、「信金マンといえば私」と思い浮かべてもらえる人間になっているのが目標です。

大久保 成己さん文学部 英語コミュニケーション学科4年

  • 内定先: 巣鴨信用金庫
  • 所属ゼミナール:倉田ゼミナール
  • 埼玉県立所沢高等学校出身

高校時代は物理を専攻し、大学でも理系の勉強を続けようと考えていた金澤優奈さん。たまたま他大学のオープンキャンパスで知った「プロダクトデザイン」に心を動かされ、急遽転向しました。ものごとを多面的に捉え、製品づくりで問題を解決していく、この分野の学びに惹かれて探し出したのが、ライフデザイン学部人間環境デザイン学科でした。現在はプロダクトデザインコースを選択し、仲間とともにさまざまなモノづくりを楽しんでいます。

モノづくりの基礎からじっくり学ぶ

みんなでアイデアを出し合ってモノを作り上げる。そんな魅力を知ってからは、「プロダクトデザイン」という分野について学べる大学を片っ端から探し、3年生になると「プロダクトデザインコース」を選択できる東洋大学に入学しました。人間環境デザイン学科では、1、2年生の段階で、プロダクトデザインをはじめ、建築や生活支援機器のデザイン、グラフィックデザインなど幅広く学びます。最初は、たとえばカッターナイフの使い方や模型の作り方など、「基礎の基礎」というほど、本当に基本的なことから教わりました。イラストレーターというグラフィックソフトを使った授業もあり、パソコンの操作スキルは着実に身についたと思います。

高校では個人で勉強することが主でしたが、大学の専門的な学びでは、グループワークが特徴的です。みんなで考え、出てきたアイデアをまとめ上げて、最後に人に伝えるプレゼンテーションを行うのです。アイデアの出し方はもちろん、コミュニケーションの重要性も感じますし、人前に立つ度胸も身につき、今までにない緊張感や充実感を経験しています。

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大事なのは作ることより考えること

演習の授業では「プロダクトデザイン」に対するとらえ方が一新しました。印象に残っているのは、オリンピック競技場における観客の入退場をスムーズにするシステム提案のためのグループワークです。モノを製作するというより、どちらかというとIT分野に近いシステム提案ですが、多くの企業が集まったデザイン委員会でプレゼンテーションをして、後にはチケットを通す機械などの考案も予定されています。国内外からあらゆる世代が集まるであろう東京オリンピックを想定し、羽田空港や東京駅、外国人観光客も多い浅草などでフィールドワークを実施。アクセスはもちろん、防災面や宿泊、観光について調査し、実際に街頭インタビューも行い、さまざまな意見を集めました。苦労して集めたデータを持ち寄ってみんなで話し合うのかと思えば、先生の指示は「吸収したものを一旦忘れろ」ということ。一度頭の中から外すことで、別の視点で考えられるというわけです。

プロダクトデザインは大多数のニーズに応えるものだと理解していましたが、本当に大切なのはモノやシステムを作り出すことより、まず考えること。そのためにはじっくりと人を観察し、徹底的に調査することが必要。そして、それが一番大変なんだと気付かされました。

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ボランティア活動で学生生活がより豊かに

授業におけるグループワークのほか、学内で先輩の卒業制作を手伝うなど、いろんな人との関わりが、知識や技術とは違う側面を成長させてくれていると感じています。なかでも、朝霞市と朝霞青年会議所、東洋大学が連携したボランティア活動「子ども大学あさか」との出会いは大きく、学生生活が一段と有意義なモノになりました。朝霞キャンパスに小学生を招いてワークショップをしたり、子どもたちの学園祭を開催したりするなかで、子どもの視点に驚かされ、関係者との情報共有の大切さや学生代表としての責任感などを実感。子どもと大人と大学生、そして朝霞という地元が一体となる素晴らしさも感じています。縦と横のつながりが持てる朝霞キャンパスでの学生生活を通して気づいたのは、自分はみんなが楽しんだり喜んだりしている姿を見るのが好きなんだということ。今はまだ明確な将来像は描けていませんが、いつかはデザインに関わる仕事で、そんな気持ちを味わえたらと思っています。

金澤 優奈さんライフデザイン学部 人間環境デザイン学科3年

  • 所属ゼミナール:奥村和正ゼミナール
  • 私立開智高等学校出身

小学校から飛び級をするなど、優秀な成績を収めていたダシビレグ・ザンダルマーさんは、16歳で初めて訪れた日本でモンゴルとの格差を目の当たりにし、大きなショックを受けたといいます。それがきっかけとなり、日本に留学する道を選びました。国際地域学部国際地域学科に入学して1年が経つ今は、学ぶことすべてをどんどん吸収し、自身の糧としている毎日です。

日本と母国の違いにショックを受け留学を決意

生け花や着物など、モンゴルにはない日本の美しい世界をテレビで見るたび、幼い頃から日本への憧れを抱いていました。そこで、高校の外国語の授業は日本語を選択しました。日本へ留学したいという気持ちが一気に膨らんだのは高校生の時、日本に10日ほど滞在するプログラムに参加してからです。日本の文化、近代的な施設、最新の技術を目の当たりにした衝撃は、今でもよく覚えています。モンゴルと日本の発展の差に、「同じ地球に暮らしながらなぜ両国がこれほどまでに違うのだろう」と強く考えさせられました。

当時はテレビの取材記者になることを夢見ていたのですが、この10日間の日本滞在で考えが変わり、モンゴルの人にも日本のように便利で安全な生活を提供したい、母国の発展のために貢献したい、と強く願うようになりました。そこで、そのためのノウハウを学ぶため、日本への留学を目指すことに。父と母が出会ったのはふたりの留学先のロシア、兄は現在スウェーデン在住と、海外に出ていくことに理解のある家庭環境にも恵まれました。

高校卒業後はまず、モンゴル文化教育大学で日本語通訳コースに進み、大学の研修制度を利用して再び来日。3カ月間の企業研修に参加しました。ところが、この研修中に東日本大震災が起こり、予定より1カ月早く帰国することになってしまったのが残念でした。ただこの時、大きな災害が起きてもパニックにならず列を乱すこともなく、落ち着いて行動している日本人の姿を目にして、「日本人は本当にすごい」と思いました。

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大学で学ぶことすべてが楽しい

留学先に東洋大学を選んだのには、いくつか理由があります。入学のハードルが高く設定されているものの、入学後に何ができるのか、その可能性や未来があまり見えない大学もありました。そんな中、東洋大学は入学後に努力するほど、たくさんのチャンスが与えられることが大きな魅力でした。次に、国際地域学部という全国でも珍しい学部があることです。国際経済学部や国際政治学部など特定の学問に絞った学部は他大学にもありましたが、私はさまざまな学問を幅広く学びたかったので、多方面からアプローチできる国際地域学部で学んでみたいと思いました。さらに、海外へ長期・短期留学できる制度が充実していことにも魅力を感じました。4年間の大学生活を送る間に、留学先の日本から英語圏の国へ短期間でも留学したいという希望があったからです。

東洋大学で学び始めて1年が経ちますが、希望通り、さまざまな学問を広く勉強できて充実した1年でした。学ぶことすべてが興味のあることばかりなので、毎日がとても楽しく充実しています。資源エネルギー・環境論のゼミに入り、その分野の知識や経験値が増えたのは大きな収穫でした。東京ガスを訪問し、太陽光パネルや水素自動車等について学べたのも忘れられない経験です。ゼミでは毎年夏にモンゴルで現地調査を行っていて、今年は私も参加できるのが今から楽しみですし、両親も喜んでくれそうです。また、英語のレベルアップを図るためにLEAPも履修していますが、その成果があり、履修して半年でTOEICスコアを50点伸ばすことができました。

サークルに入らない代わりに、大学のバリアフリー推進室で週に2回、英語のノートテイクのサポートをしています。アルバイトもいろいろ経験して、たくさんの人に知り合えたのも貴重な経験になりました。日本人は誰もが礼儀正しく、時間も守るのが当然のように暮らしていますが、私からすれば、それを当然と思えるのが日本人の素晴らしいところだと思います。

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初めて自分から積極的に学んだのが「日本語」

留学生が充実した大学生活を送るためには、本人の努力が欠かせません。学校外のアルバイトや私生活を両立させるのは大変ですが、つまずいた時もひとりで悩むのではなく、たくさんの友達を作って一緒に解決方法を考えた方がよりよい道が見つけられます。ボランティア活動や公式イベントに参加したり、興味のあるサークルに入ったりするのもおすすめです。仲間からパワーをもらい前向きな気持ちになれます。

私は幼い頃からコツコツと勉強はしてきましたが、これが好きだと断言できる科目がありませんでした。しかし、日本語だけは自分から夢中になって勉強し、大学の教科書も一人でどんどん進めてしまったほどでした。日本に興味を持ったことで、初めて自分から積極的に勉強したいというものができたのです。だから、今こうして日本で学べていることを、本当に幸せに思います。

将来は大学で得た知識や体験を生かし、JICA(国際協力機構)などの国際機関で働くことで、母国の発展に貢献できればと思っています。そのためにも、興味のある分野でもある国際協力論や資源エネルギー・環境論、まちづくりなどの授業を積極的に履修して、さらに専門理解を深めていきたいと思っています。

ダシビレグ ザンダルマーさん国際地域学部 国際地域学科 国際地域専攻1年

  • 所属ゼミナール:久留島守広ゼミナール
  • 出身国:モンゴル
  • 岩谷学園テクノビジネス専門学校日本語学科出身

高校卒業後の進路をそろそろ考えなければ、という頃に起きた東日本大震災を機に、松田央紀さんは「食の安全性」について考え始めました。「食品安全監視員」という資格を知り、その取得に必要な知識を得るために食環境科学部食環境科学科で学ぶことを決意。専門的な知識を身につけていく一方で、もっと柔軟に考え、違う視点で捉えようと努力の日々を過ごしています。

頭を柔軟にすることを覚えた2年間

東日本大震災後の原発事故によって、放射線の影響を受けたとされる多くの食品が出荷を制限されているということを知りました。高校生だった私は、自分なりに「食の安全性」とは何かを考えるようになりました。安心して食べられる、より良い食品を消費者に提供するにはどうしたらいいのか。そんな思いを自分の進路に重ね合わせて先生に相談したところ、東洋大学に新設予定のフードサイエンス専攻を勧められたのです。健康な暮らしを支える「食」を科学の視点でとらえ、実践的な知識と技術を身につける学科でなら、この疑問を追究できるのではないかと思い、志望しました。

「食」についての学びというと、栄養や調理に関することを想像しがちでした。しかし、実際に授業を受けてみると、思いもしなかった着眼点からの講義に驚くことが少なくありません。食物の生育を左右するのは水や日光、酸素だろうと思っていましたが、土壌が大きく関係していたり、微生物が及ぼす影響がとても大きかったり。2年間の学びを通して、それまでの思い込みを捨てて少しずついろんな見方ができるようになってきた気がします。

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自分に足りなかったものを知る

2年次の夏には、群馬県東吾妻町の料理コンテストに食環境科学部の学生として参加しました。地元食材を使って新しい名物料理を考案するというもので、夏休みの思い出づくりのつもりから、グループで応募したところ、私たちが考えた「トマトジュレそうめん」が群馬県食品安全局長賞を受賞。健康栄養学科の学生と一緒に取り組んだことで、一人では成し得なかった企画をつくりあげることができました。

東吾妻町は住民の塩分摂取量が高い地域だと言われています。それゆえに、コンテストの狙いは、町の特産品をPRするだけでなく、減塩メニューを求めているのだと一次選考の後に先生から聞き、自分たちの企画は、本来の趣旨を汲み取りきれないまま、固定概念で先走っていたことがわかりました。そこで最終選考までに、鶏ガラスープとトマト汁で調味し、麺つゆを使わないなどの減塩の工夫を重ねたことが、結果的に大成功。仲間と協力して審査用の大量調理も体験し、他の参加者や地域の方とも交流できたイベントでした。表面だけではなく、その真意までを読み取る力をつけなければ、という意識が高まった貴重な経験でした。

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後輩に恥じない実績を残したい

大学入学前に、「食」に関わる職業について調べるなかで、私は港や空港の検疫所で輸入食品の監視指導などを行う「食品衛生監視員」に興味を持ちました。地元の新潟はロシアと貿易していますし、将来は故郷で働きたいと考えていたので、今は就職に役立つよう、この資格の取得を目指しています。公務員になるための勉強も始めたばかり。新潟の米や酒は有名ですが、ほかにも洋梨や枝豆などの特産品があることを、一人でも多く知ってもらいたくて、県の職員になろうと志しました。新学科の第一期生として、後輩たちに恥ずかしくないよう努力し、ここでしかできないような研究に取り組んで、就職につなげられたらと考えています。

松田 央紀さん食環境科学部 食環境科学科 フードサイエンス専攻2年

  • 私立東京学館新潟高等学校出身

第一志望だったゲームソフトウェア会社から内定を得た、総合情報学部総合情報学科の浅香恵美子さん。現在は社会人デビューに向けて胸を躍らせていますが、実は大学生活はある挫折からのスタートだったと言います。文理融合の多面的な学びに取り組める情報総合学科だからこそ、向き・不向きにぶつかることもあれば、思いがけない自分の適性と出会えることもありました。夢を失いながらも、ゼミ活動や先輩からの助言によって自分を見つめ直し、就職を勝ち取った彼女のストーリーを追います。

夢への挫折から発見した本当の適性

内定をいただいたアークシステムワークス株式会社は、ゲームソフトウェアの企画から制作、販売までを手掛ける会社です。中高生の頃からこの会社のゲームやイラストが好きだった自分にとっては、理想的な形で社会に出られることがとてもうれしく、今からワクワクしています。しかし、大学入学からここまで、決してまっすぐ進んできたわけではありません。むしろ周りに比べても、迷うことの多い大学生活でした。

総合情報学科を選択したのは、ゲームのプログラマーを夢見ていたからです。ところが、授業が始まって早々に挫折。プログラミング言語を操ることに、今ひとつ興味が持てないことに気づいてしまったのです。その一方で、パソコンで映像を編集したり、パラパラ漫画を描いたりする授業は楽しく、課題にも夢中になって取り組んでいました。高校生の頃からパソコンでイラストを描くのが趣味だったことも、創作系の授業にのめり込んだ理由だったかもしれません。

今になってみれば、早い段階で自分の適性に気づくことができたのは良かったと思えます。総合情報学部は、文系と理系の枠を超えた“文理融合”の学びが特徴で、特に1、2年生の時は複合的に学ぶため、誰しも向き・不向きにぶつかることはあるでしょう。しかし、当時はそこまで割り切って考えることができず、プログラマーという夢を失ったことに悩みつつも、目の前の学業やサークル活動に勤しむ日々を送っていました。

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計画を確実に実行する力を養ったゼミ活動

専門的な学びのほかに、大学生活を通して養った「計画性」と「責任感」、そして「自分と向き合うこと」は、今の私にとって大きな力になっています。所属ゼミの中林研究室では、自身のテーマの研究・発表を行う前に、まず完成までのスケジュールを立て、進行計画を発表し、教授と研究室のメンバーと「必ずやり遂げます」といった誓いを交わします。

スケジュールを完遂するには、計画を立てる段階である程度のゴールを見据えておくこと。ほかの課題や授業と両立できるかをしっかり見直すこと。そして何より、自分の力量に見合っているかを熟考することが重要です。未熟な自分に気づいて、時には落ち込むこともありましたが、こうしたゼミ活動の積み重ねは、自分と向き合うことが苦手だった私にとってはいい訓練になりました。

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ゲーム会社の広報は「最初のファン」

「プログラマーになりたい」という夢に挫折した苦い経験もあり、就職活動を始めてからも「夢や目標がない」ことは、自分にとってのコンプレックスでした。たしかにゲーム会社で働きたいという思いはありました。しかし、単にゲームが好きなだけでいいのだろうか。「こんな作品を作りたい」といった夢を描けなければ、アピールにはならないのではないか──。

そんなことにあれこれと頭を悩ませていた時期に背中を押してくれたのが、所属サークルの先輩がかけてくれた言葉でした。「本気で企業研究をすれば、その会社で自分は何ができるかが見えてくるはず。ゲームが好きだという気持ちだって立派な動機なのだから、チャレンジする前にあきらめるのはもったいない」と。たしかに、私は“夢”や“目標”といった麗句に縛られすぎていました。しかし、人の適性はそれぞれ。総合情報学科の学びは、自分の興味や長所を発見し、伸ばすプロセスでもあったのだと先輩の言葉から気づかされました。

就職後は、広報・営業職を志望しています。もともと同社のゲームが大好きでしたが、今後は「その作品の最初のファン」として、より多くの人にその魅力を伝えていきたいと思っています。

浅香 恵美子さん総合情報学部 総合情報学科

  • 所属ゼミナール:中林研究室
  • 内定先:アークシステムワークス株式会社
  • 私立東洋女子高等学校出身

来日して日本語の勉強をしつつ、インターンシップを経験したり、日本各地を旅行したりしているうちに、陳フーリンさんが思い描くようになった未来。それは、航空会社も抱えた旅行会社を設立するという壮大なものでした。大きな目標に向かって国際地域学部国際観光学科で充実した4年間を過ごした陳さんは、さらに専門知識を深めるべく、卒業後は大学院に進学します。

自分の目で日本を見たい、知りたい

日本のアニメや音楽が好きだったこと、日本に移住した幼なじみが、夏休みに帰国するたびに日本の話を聞かせてくれたことなどから、中国とは違う技術や個性のある「日本」という国に興味を持ちました。また、学校で日本について学ぶうちに、日中関係を批判的に見るだけでなく、自分の目で日本という国を知ってみたいと考えるようになっていきました。周囲の人が自国の話だけを鵜呑みにして、一方的な視点で日本のことを語るのにも違和感があったのです。

日本と中国の間には長い歴史があり、今も問題を抱えています。だからこそ、中国から一面的に日本を見るのではなく、直接日本に行って文化や習慣に触れたいと思い、留学を決意しました。

来日したばかりの頃は、言葉もわからず買い物もろくにできない状態。日本語を話すのは日本語学校の先生とだけ。心細い思いもしましたが、ホテルでのインターンシップや日本各地への旅行を通じて、次第に観光業界に興味を抱くようになりました。そして、いずれは観光の仕事がしたい。それならば自分の旅行会社を設立して観光に関わりたい、という思いが湧いたのです。

東洋大学は観光学の専門領域が充実しているだけでなく、自分の希望に合わせて他学部、他学科の授業を選択できる点にも惹かれました。ここでなら多様な分野から観光業界について学べると思い、東洋大学へ進学することにしました。

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言葉や文化の違いを少しずつ克服

入学して最初の1年はまだわからない日本語も多く、授業についていくのが大変でした。常に電子辞書を持ち歩き、初めて聞く単語はその場ですぐ調べるようにしていました。アルバイト先でも聞き慣れない言葉があったらとりあえずメモして、帰ってから必ず調べることを徹底した結果、少しずつ、しかし確実に、日本語能力が高まっていきました。

特に聞く力、話す力は日本人と会話するようになってからは一気に伸び、学科の友人も「この4年間で本当に日本語がうまくなったね」と言ってくれます。日本語学校では習わないけれど日常会話にはよく出てくるような「生きた日本語」は、日本に来たからこそ学べたもの。留学という選択は正しかったと思います。

ゼミでは毎年学内の中国語スピーチコンテストを運営していて、私は2年連続でリーダーを務めました。その際に日本人学生と留学生との交流サポートも企画した結果、「楽しかった、また参加したい」という声をもらえ、初めて人に喜んでもらう楽しさを実感しました。また、この経験から協調性と問題を解決する力が培われたのではと思います。

文化や習慣の違いで中国人が誤解されそうな時に、日本人との間を取り持つこともあります。中国人はものをストレートに言うし言い方もきついので、日本人からは「怒っている」と思われがちです。そこで日本人に対しては「あの人は全然怒ってないよ」、中国人には「そういう話し方は怒っていると誤解されるので気をつけて」と伝えるのです。私も来日したばかりの頃は、日本人の遠回りな話しぶりをもどかしく思うこともありました。しかしその一方で、人を傷つけないように気遣う日本人ならではの優しさや思いやりの心も知りました。これも日本に来て留学したからこそ、理解できたことです。

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夢の実現に向けて、まずは大学院へ

就職活動は観光業界を考える一方、東日本大震災で物流が滞り、物不足になった状況を経験したことから、物流にも興味を持っていました。同時に、卒論のテーマにしていたLCCについてもっと学びたいという思いも強く、迷いながら就職活動を続けていました。そして、最終的に選んだ道は大学院への進学です。大学院では、市場分析や研究・講義などを通じて、積極的かつ幅広く知識を吸収し、より自分の能力を磨いていきたいと考えています。また、国際観光を学ぶには英語が不可欠。英語力をさらに高めるため、夏休みにアメリカの語学学校へ短期留学する予定です。

私が設立を目指すのは航空会社を保有する国際旅行会社です。旅行会社がチャーター便で旅行者を運ぶことで収益を得るスタイルは、日本ではなじみがありませんが、海外では一般的です。大学院卒業後はまず、日本で働いてスキルを身につけ、この大きな最終目標に向かっていきたいと思います。

留学生活を充実させるためには、何といっても語学が欠かせません。日本語が聞き取れないことが多かった時期は、日本人の友達と思うようにコミュニケーションを取ることができませんでした。同じことを何度も聞き返さないといけないことが、ストレスになることもありました。余計なストレスを抱えないためにも、日本語の勉強はしっかりすることが大切です。また、相手の気持ちがよくわからないと感じた時は、その思いを素直に伝えることで、相手も心を開いてくれます。そこに国籍の違いは関係ありません。お互いが気持ちをオープンにすることは、異なる文化を持つ人同士がよい関係を作るためにとても重要だと思います。

陳 フーリンさん国際地域学部 国際観光学科4年

  • 所属ゼミナール:梁春香ゼミナール
  • 出身国:中国
  • 横浜国際教育学院出身