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映画「くちづけ」上映会/シンポジウム 実施報告

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実施報告

日時: 12月5日(水)14:40~18:00(上映会/座談会)

 教室:6B14教室

連携講義科目:「児童福祉論B」(水・4森田先生)

後援:NPO法人しあわせなみだ

映画上映:『くちづけ』

座談会:金子 磨矢子 氏(大人の発達障害当事者のためのピアサポートNecco)、

           橋    謙太    氏(NPO法人 ファザーリング・ジャパン メインマンプロジェクト)

    中野 宏美  氏(NPO法人しあわせなみだ 理事長)

参加人数:約200名

知的障がい者への性暴力を取り扱った映画「くちづけ」上映ならびに、東洋大学卒業生らが登壇するシンポジウムが開催されました。映画「くちづけ」は、性暴力をきっかけに、 親子が離れて暮らすことが困難になり、孤立していく様子が描かれています。またシンポジウムでは、障がい当事者ならびに障がい児を持つ親らが登壇。現在の社会は残念ながら、障がいのあることが性暴力に遭うリスクを高めることに つながっている現状を共有し、私たちにできることを考えました。

【学生の感想抜粋】

わたしは授業内で感想を求められた際、反射的に「かなしい映画だと思った」と口にしたが、その後先生の話も聞き、なにが悲しかったのか改めて考えたときに、かなしいのは障害があるとかないとか、死ぬとか死なないとか、そういう単純な話ではなくてもっと大きな社会に対する悲しみを漠然と感じたのだなと思い直した。
近年障がい者施設についての考え方は改められ、森の中や山の中の隔離された空間の中で生きるより、地域の中で暮らす=当たり前の暮らしを送ることがノーマライゼーションの理念が広く普及してきたことがその背景にあるのだとわたしは信じていた。
しかし現実にはなかなか難しい。もちろんこの映画が全てではないということはわかっているが、ひまわり荘の入居者やその家族たちのように当たり前の暮らしが、自分たちのせいではなくそのまわりの健常者たちの考え方によって叶わない人たちの方が多いのではないだろうか。
そういう社会が悲しいと思う反面、正直わたし自身もまだ偏見の目を持ってしまうことがある。電車やバスなどの公共交通機関でひとりしゃべり続けている成人男性がいると少し離れた席に座ってしまう。いきなりつかみかかられたらどうしようか、しゃべりかけられたらどうしようか、色々考えてしまう。
ただそのわたしの考え方も大学に入って身につけた知識によって、以前に比べるとほとんど薄くなっている。なぜこの人はずっとしゃべっているのか、なぜこの人はずっと同じ場所に留まり体を揺らし続けているのか、彼らの行為の根本を理解し、理由を知ることで漠然と感じる相手への不安がかなり軽減されている。それは障がい者に対してのみではなく、誰とコミュニケーションをとるときにおいても同じことがいえる。相手のことがわからない、はじめての相手だと漠然とした不安感を感じがちであるが、相手のことがわかればその不安感はだいぶ薄れ、打ち解けることもできる。
すべての人が今すぐに障がい者に対する偏見を持たずに共生できるとは思わないが、教育のもっと早い段階で障がい者に対する知識を得られる授業を行う必要があるように思える。偏見を抱かずに受け入れられるように、それが教育の使命だと思った。
そして、福祉のあり方もまた考えさせられるところがあった。それは入居者たちとその家族との関係から、強い違和感を感じた。
例えば結婚する予定だったうーやんの妹は、ほんとうに弟を引き取り、彼を背負って暮らしていかなければならなかったのだろうか。居住費未納が続き退去が決まった島ちんの両親は、島ちんの障害者年金を受け取る権利があるのだろうか。
そもそもうーやんは妹と暮らしたがっていたため、うーやんの意見や主張が認められたと捉えることもできるだろう。じゃあうーやんを引き取る妹の意見や主張はどこにいってしまったのだろうか。本当は兄の面倒を見続ける暮らしではなく、自分の家庭をもち自分の子供の面倒をみたかったのではないだろうか。障がいを持つ人の家族は我慢しなきゃいけない?絶対にそんなことはあってはならない。全ての人が幸せになれる社会でなくて希望がない。ただ今の日本は少なくとも希望がある社会とは言えない。おそらく現実にもこのような問題を抱え、解決することなく踏ん張ってる人がいるからだ。
従来の配給型の福祉では、制度の狭間で生きる人、制度の対象だけでなくそれを取り巻く環境にサービスは行き渡らない。福祉の側からアプローチしていく、すなわち積極的介入を行うことによって救えなかった命は劇的に救うことができるように思える。
そのために福祉人材の確保、福利厚生の充実やブラックなイメージの払拭。どんどん削減される国の福祉事業費にどうか歯止めがかかるよう願うばかりである。

 

【映画チラシ】

 

 

 

【座談会】

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