Graduate School of
Letters

Course of
International Culture
Communication

文学研究科

国際文化コミュニケーション専攻
修士課程

白山キャンパス

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Professor

多様化が進む現代のグローバル社会で不可欠なのは「 コミュニケーション能力」です。
グローバル企業や国際的な機関で活躍するリーダーとして、
「言語」の運用能力、専門知識が求められるのは当然のことですが、
同時に多様な「文化」に対する深い理解と多角的・専門的な知識もまた不可欠です。
言語と文化を結ぶ「文化コミュニケーション」を深く学ぶことで、
真に国際的に有用な人材となりうるのです。
本専攻では英語を中核とした「言語コミュニケーション領域」と
英・独・仏・日の「国際文化領域」の2領域をカリキュラムの柱とし、
多彩な研究領域を学ぶことができるように、
様々な専門分野に精通した教員を揃えています。
是非とも自分の力で「文化コミュニケーション」の扉を開いてみてください。

  • 文学研究科長
    森 公章 教授
  • 国際文化コミュニケーション専攻長
    石田 仁志 教授
  • 文学研究科長
    森 公章 教授
  • 国際文化コミュニケーション専攻長
    石田 仁志 教授

Professor Interview

文学研究科
英語コミュニケーション専攻
鈴木 雅光 教授

見えなくされた事柄や問題を可視化し、
他者へと開かれた「知」に

Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、
「研究者として研究」することの意味とは?
鉱脈を掘り当てる
チョムスキーが『自然と言語』の中で述べているように「今やっていることの意味はあとになってからしか分からないもの」が多い。昔、母親に「お前のやっていることは何の役に立つのか」と聞かれたことがある。答えられなかった。恐らくつつましい人生を送って来た母親は、私の研究が実生活に役に立ち、いくら稼げるかと尋ねたのだろう。
その点から言うと、私のやっていることは母の要求を満たしていない。文系の学問はすぐ成果の出る即効性のあるものではない。が、人生を生き抜くための知恵、教養、真理、機微などが至る所に隠されている。その鉱脈を掘り当てるのが文系の学問の醍醐味であり、汗をかくだけの価値あるものである。私はそれを長年続けて来た。
Q.教員としてご自身が、
研究者になった経緯をご紹介ください。
学問の魔力に魅せられて
研究者になろうとして大学院に入り勉強したわけではないが、影響を受けた先生のお陰で、徐々にその気が芽生えて行った。誰も言っていないことを発見した喜び、誰も気付いていない領域に鍬を入れる喜び、少なからぬ知的な興奮を感じていくうちに、学問の魔力に魅せられたということか。
大学のような研究機関に残るのには運もある。が、やはり人一倍の努力が必要である。かつ孤独な研究に堪え得る強靭な精神も必要である。これが弱い者はすぐ崩れてしまう。倒れたときに、どれだけ起き上がるかを行動で示せるかで人間は決まる。シェイクスピアも「天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない」と言っている。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、
現在までにどんなテーマを
研究されているのか
ご紹介ください
主要な研究領域
主要な研究領域は三つある。一つ目は、初期の頃から研究を続けている英文法研究である。英語がグローバル化した理由は、18世紀半ばに、サミエル・ジョンソンによって権威のある辞典が出版されたことと、ロバート・ラウスによって権威のある文法書が出版されたことが関係している。ラウスの文法を引き継いだリンドレー・マレーの文法書は、19世紀初頭にかけて、世界中で2,000万部を売ったと言われている。英語のグローバル化に貢献した陰の功労者が、この時代にいたのである。我が国でもオランダ語からの重訳であるが、1840年に『英文鑑』として訳されている。このような史実を読み解きながら、英語史、英文法史、辞書の歴史を学ぶことは、英語とイギリスの文化や社会を理解することでもあり、同時に英語という言語を深く理解する過程でもある。
二つ目は、英語などの優勢言語によって消滅の危機にある言語への関心である。米国のある言語学者が、21世紀中に世界にある約6,000言語の半数が、消えてなくなるのではないかと予想した。人類の文化遺産である言語の消滅はあまりにも衝撃的な出来事であるが、この問題は20世紀の終わり頃から人々の関心を引いて来て問題で、少数言語への支援、維持、発展は徐々に実を結んでいる。私はこの問題に英語がどのように関与しているかを研究している。
三つめは、イギリス・ロマン派詩人とスイスとの関係である。19世紀前半、大挙してイギリス人がスイスに押し掛けた。その切っ掛けは、バイロンやシェリーなどのロマン派詩人たちが、スイスの険しく荒々しいアルプスを見て、崇高、霊感、神秘、永遠などをそこに感じ取り、仰々しくアルプスの自然を詠い上げたからである。私は詩人たちを惹き付けたアルプスの美が、どう詠われているかを研究している。
これら三つの関係は直接的になさそうに見えるが、潜在的な部分では大いに関係があり、研究を深化させているうちにそうなったのである。同じ研究を明けても暮れても数十年続けている研究者もいるが、研究の間口は広い方がよい。若い研究者を見ると、自分の狭い範囲しか関心のない者もいるが、若い時ほど色々なことを挑戦してみることが必要だろう。それは必ず後年、じわじわと大きな力に育って来るからだ。
私の研究領域をもう一つ付け足すならば、折に触れて近代英語に大きな影響を与えたシェイクスピアに、関心を持っていることである。シェイクスピアを読めば、人間を知るのに、他の書籍を読む必要はないと言っても過言ではない。だからシェイクスピアの研究は語学、文学専攻に限らず欠かせない。
Q.研究者として、つらかったことや、
嬉しかったことは?
屹立する山脈との出会い
大学院生の時、二つの巨峰に出会い、この山脈を乗り越えようと努力した。一人の先生から、英語の勉強はこうするものだということを徹底的に叩き込まれた。特に先生の英語を見つめる目は鋭く、精度の高い顕微鏡で英語を観察しているが如くであった。私は先生の顕微鏡を盗もうとしたが、いつも追い返された。もう一人の先生からは、学問とはこうするものだという迫力を教えられた。先生は、大学院生には、辞書の最高裁判所と言われるOED(The Oxford English Dictionary)を引いて、英語をきちんと読むことを要求し、予習に手を抜くようなことがあれば容赦しなかった。
博士前期課程から後期課程に進んだ頃には、英語の学問的面白さが分かって来た。私は影響を受けたお二人の先生のようになろうと、資質があったかどうかは別にして、がむしゃらに努力した。しかし、どうしても越えられない高峰が二つ私の眼の前にあった。それでも、私はアルプス越えを目指した。それは難攻不落の厳しい道であったが、私の前に大きく立ちはだかる峰を乗り越えようとしたのは、私の生来の負けず嫌いの性格でもであった。
後年、大学に勤務してから、毎年、書くべき論文は書き、授業以外に研究会を開催した。すべてが英語中心で回っており、英語とは離れられなかった。少なからぬ同輩が、研究に対する意欲を失っていくのを見て来たが、私が意欲を失わなかったのは、巨峰が二つ私の眼の前に、大きく立ちはだかっていたからである。今振り返ると、二つの屹立する山脈に出会ったことは、幸運な偶然(serendipity)であり、私を研究から離さなかった目標でもあり、その後の私の研究生活の支えとなっていたのであった。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
力を見せつけるか、
弾き出されるかの世界
大学院で学ぶ魅力は二つある。一つは自分の好きな領域を深く研究していくことから得る知的な喜び。これには好奇心を持続させる努力が必要である。もう一つは同世代の者との切磋琢磨。これは自分を伸ばすには有益である。研究会などに入って互いに競い合う。力を見せつけるか、弾き出されるかのような世界に身を置くことも必要だ。競争原理があれば、幸せな競争心が生まれ、お互い玉を磨くことができる。
Q.大学院で学びを考えている
受験生にメッセージを一言。
意欲のある若者へ
本専攻には多様な研究領域を持った教授連が控えている。もしかしたら一生を左右する運命的な先生に出会うかもしれない。留学生が半数を占めているのも本専攻の特徴である。彼らと付き合うことで、カルチャーショックを感じるかもしれない。異文化理解がそんなに簡単ではないことを実感するであろう。しかし、それはグローバル社会に生きる現代人にとって、乗り越えなければならない課題である。我が専攻はそれをプラスに変え、自らの人生を切り拓いていくために、学びにふさわしい場を提供している。来たれ、意欲のある若者!

プロフィール

氏名
鈴木 雅光(すずき まさみつ)
経歴
現在、東洋大学大学院文学研究科英語コミュニケーション専攻教授
昭和59年東洋大学大学院文学研究科英文学専攻博士後期課程満期退学
平成12年より、東洋大学文学部英語コミュニケーション学科教授
専門
英語学、英文法学
著書
『例外の文法』(1999)、『英語と英語教育の眺望』(共著2010)、
『英語学の世界にようこそ』(共著2013)
(掲載されている内容は2016年5月現在のものです)
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