ページ内を移動するためのリンクです。
ここからメインコンテンツです。

前のページへ戻る

酒井俊幸監督 インタビュー

酒井監督
酒井監督

今年4月、陸上競技部長距離部門監督に就任した酒井監督は、3月末まで現役の高校教諭だった。古巣とはいえ、いきなりの「箱根駅伝優勝チーム」監督就任。就任から今まで、そして箱根駅伝への思いを聴いた。

3月にオファー、4月に監督就任

3月初頭にオファーを受けてから、高校の生徒・保護者への挨拶や引き継ぎなどに手いっぱいで、東洋大チームに対しては準備も出来ない状態で来た。大変慌ただしかったが、川嶋伸次前監督と佐藤尚コーチがあとのことをきちんと話し合って下さっていたので、精神的にとても助かった。ちなみに、佐藤コーチは自分の現役時代の監督だ。
監督という立場は、高校であれば保護者から生徒達を預かる存在だが、大学生は大人で、関わり方が違う。苦労したのは、学生生活のリズムを掴むこと。合宿所で選手と寝食を共にすることにしたが、最初の一ヵ月間はお互いに探り合いをしていたように思う。

キャプテン釜石、4年生らと始めた寮内清掃

まずは、キャプテンの釜石、寮長の工藤に「自分はチームを強くするためにここに来た。一緒に強くなろう、頑張っていこう」と話した。そして、彼らとともに最初に着手したのは、寮内の清掃。隣接するV5を達成した硬式野球部の寮はとても綺麗だ。箱根駅伝で優勝したチームなのだから、いつ誰が訪ねてきても恥ずかしくない場所にしようと―。川嶋前監督のもとで教えを受けた3、4年がすぐに自分を受け入れてくれたことが、とても嬉しかった。

OBとして監督就任した重み、川嶋前監督から受け継いだ「縁」―

川嶋前監督は、今までの東洋をガラリと変えるきっかけを作ってくれた。全天候型のトラックやナイター設備が充実したことで、朝5時から夜7時まで練習が可能になり、かつての自分達のように、練習場所を求めて転々としなくても良くなった。環境が整い、戦略も大きく変わった。川嶋前監督が築きあげたものを受け継ぎ、さらに上を目指して行くこと、常時優勝争いの出来る、強いチームに育て上げることが自分の役目だ。
川嶋前監督と自分の気質は似ていると感じることがある。例えば勉学と競技の両立。それは社会人時代に在籍したコニカミノルタで培われたもので、さらに元をたどると川嶋前監督がかつて在籍していた旭化成からコニカミノルタが受け継いだものだ。コニカミノルタも旭化成も陸上選手は全員が一般社員で、本業である業務をこなした上で陸上をやるチーム。加えて川嶋前監督は旭化成の練習メニューをそのまま持ち込むことはせず、東洋オリジナルのメニューを組み立て、現在に至っている。コニカミノルタ時代、旭化成との合同合宿に参加し、現役時代の川嶋前監督に引っ張ってもらって走ったことがある。今、川嶋前監督の後を引き継いでいることに、深い縁を感じる。

「声かけ」「言葉の力」でチームの層を厚く

もしひとつだけ、前監督と違うことがあるとするなら、優勝メンバー以外の選手たち、1年生や伸び悩んでいる選手たちに、2、3言多く「声かけ」をしていることだ。投げかける言葉を選び、褒める時には全員の前で褒め、注意するときは個人的に対話するよう心がけている。就任時から「最後までメンバーを固定しない。チャンスは平等」と明言した。良い意味で、大いに競争しあえるチームに成長してほしいと思ったからだ。その結果、1年、2年はめざましい成長を見せた。今まで振るわなかった選手が上り調子になれば「自分だって」と悔しさをバネにして頑張るのが選手心理というもの。出雲駅伝区間賞の川上、全日本駅伝区間賞の田中の存在は、他大学にとって「選手層が厚いチーム」として脅威に映ったと思う。

選手たちとの「対話」から見えて来たこと──長期故障者ゼロを目標に

就任したばかりの頃、故障者があまりにも多いことに驚いた。故障には何らかの原因がある。走れる4年生が抜けた穴を埋めるには新人、リスト外の選手の底上げが不可欠だ。「いかに故障者を少なくするか」がチーム方針となった。そこで選手に、今後の希望や目標、故障歴などのアンケートを書かせ、谷川コーチと自分と選手の三人で面談をした。いつ、どの部分を、どのように故障したかを詳しく聞き、そこから逆算して、なぜ故障したのかを突き詰めていった。知る限りの治療院を紹介し、正しいアイシングやマッサージの方法をレクチャーした。また、栄養面の見直しもはかった。選手たちは貧血や故障が多いが、その原因は食生活。食べ物日記をつけさせたところ、清涼飲料やスナック菓子、カップラーメンなど、間食が多いことが分かった。清涼飲料に大量に含まれるリンは骨の中にあるカルシウムを溶かし、間接的な故障の原因となる。選手たちにはそれが何故、健康に悪いのかを理解させることころからはじめ、「もっとアスリートとしての自覚を持て」と促した。近隣の女子栄養大との共同開発で朝晩の献立メニューをよりバランスよく、かつ満腹感のあるものに切り替え、サプリメントの見直しもはかった。7月からはスポーツドクターのもとで定期的に血液分析や骨密度などを測定させている。今では食のサポートは大学陸上界の中でもトップレベルになったと自負している。

自分自身を支えてくれた人のために

選手には「絶えずテレビに映れ」と伝えている。どの試合でも出身県や出身校は必ず紹介される。それを目にした同郷の人間は、たとえ出身校が違ったとしても応援してくれるし、支えてくれた人達へのいちばんの恩返しになるからだ。自分も、担任としてクラスを受け持った教え子たちと別れてここに来た。私立だったので公立のように転勤がなく、生徒たちは卒業するまで一緒だと思っていた。「先生行かないで」と署名運動まで起こった。しかし最後には納得してくれ、やんちゃな男子生徒までが「先生、行けよ。がんばれ」と送り出してくれた。自分にはもう戻る場所はない。「絶対に箱根駅伝見るから」と、テレビの向こうで応援してくれている彼らのためにも負けるわけにはいかない。常に使命感を持って、チームを強くしていきたい。

酒井監督プロフィール

ここからサイドメニューです。
ここからフッターです。